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ことばの図鑑 — 北海道
アイヌ イタㇰ

アイヌ語——文字を持たず、語りで伝えてきた言語

日本語のすぐ隣にありながら、日本語とは親戚ではない言語。文字を持たず、何千行にもなる物語を語りで伝えてきた。いま、母語として話す人はごくわずかだが、学び直す人が増えている。

2026-09-23 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
北海道
話し手
母語話者 ごくわずか(アイヌの人 約1万3,000人・北海道2017年調査)
系統
孤立言語
危機度
極めて深刻

どこで、誰が話している?

アイヌ語は、北海道の先住民族アイヌのことばだ。かつては北海道だけでなく、樺太(サハリン)や千島列島でも話されていた。方言は大きく北海道・樺太・千島の3つに分かれるが、千島方言は1960年代に、樺太方言は1994年に最後の話し手が亡くなっている。

「アイヌ」という言葉は、アイヌ語で人間を意味する。北海道が2017年に行った調査では、道内のアイヌの人は約1万3,000人。けれど、アイヌ語を母語として自由に話せる人はごくわずかで、2000年代にはすでに約10人、しかも80歳以上とされていた。

北海道を旅すると、この言語にもう出会っている。稚内・歌志内の「ナイ」や、登別・紋別の「ベツ」は、アイヌ語の nay(沢・小川)と pet(川)から来ている。北海道の地名の多くは、アイヌの人たちが土地をどう見ていたかの記録でもある。

どんな音がする?

母音は日本語と同じ a・i・u・e・o の5つ。ただし日本語と違って、子音で終わる音節がよく出てくる。こんにちはにあたる irankarapte は、「イ・ラン・カ・ラㇷ゚・テ」と、途中の p を口を閉じるだけで止める。

単語には高く発音する位置が決まっていて、日本語の共通語のように、声の高さでアクセントをつける。

どんな文字で書く?

アイヌ語は、もともと文字を持たない言語だった。記録されるようになったのは、外から来た人たちが書き取るようになってからで、カタカナ、ローマ字、ロシアのキリル文字で書かれてきた。

いま広く使われるのは、カタカナとローマ字だ。カタカナには、子音で終わる音を書くための小さな文字がある。ㇰ・ㇱ・ㇳ・ㇺ・ㇻ、そして半濁点つきの ㇷ゚ などで、日本語を書くときには使わない字だ。

Sirokanipe ranran piskan「銀の滴降る降るまわりに」。知里幸恵『アイヌ神謡集』の最初の一篇、シマフクロウの神が語る歌の冒頭

文法のクセ

語順は日本語と同じく主語・目的語・動詞の順だ。そこだけ見ると日本語に近いが、中身はかなり違う。「私が」「あなたが」といった人称を、動詞の頭にくっつけて表す。たとえば「ありがとう」の丁寧な言い方 k=eyayrayke na の k= は「私が」の印だ。

さらに、名詞を動詞のなかに取り込んで一語にする抱合(ほうごう)という仕組みもある。いくつもの部品をつないで、ひとつの長い動詞に文の中身を詰めこめる言語なのである。

数え方もおもしろい。1から5は sine・tu・re・ine・asikne。20を hotne と言い、40は「2つの20」、100は「5つの20」と、20ずつ数えていく。

この言語でしか言えない言葉

Irankarapte
イランカラㇷ゚テ
意味「こんにちは」「はじめまして」にあたるあいさつ。分けると i-ram-karap-te で、「あなたの・心に・触れ・させる」。「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という気持ちがこもる。もとは家を訪ねて座ってから交わす、改まったあいさつだった。
Caranke
チャランケ
意味もめごとが起きたとき、当事者どうしがとことん話し合って是非を決めること。ca(ことば・口)と ranke(下ろす)で、言い分をすべて下ろしきるまで、ときには何日もかけて語り合った。

歴史をひとことで

文字がないぶん、アイヌ語は語りで物語を残してきた。英雄の戦いを語るユカㇻや、神々が自分の身の上を語るカムイユカㇻは、日常の会話より古いことばを多く含んでいる。

明治に入って和人の移住が進むと、学校では日本語で教えることになり、差別を恐れて子どもにアイヌ語を教えない家庭が増えた。そのなかで、ことばを書き残したのが1923年に出た知里幸恵の『アイヌ神謡集』だ。アイヌの少女が自らローマ字で書き起こし、日本語訳をつけた13篇の神謡集で、彼女は刊行を見ることなく19歳で亡くなった。

1994年、アイヌ民族として初めて国会議員になった萱野茂は、参議院の委員会で国会史上はじめてアイヌ語で質問をしている。

いま、この言語は

ユネスコは2009年、アイヌ語を「極めて深刻」な危機にある言語に分類した。日本の危機言語のなかで、この段階に入ったのはアイヌ語だけだ。

それでも、学ぶ人は途切れていない。1997年にアイヌ文化振興法ができ、2001年からは地域FM局でアイヌ語の番組が続いている。2019年にはアイヌを先住民族と明記した法律が成立し、2020年には北海道白老町にウポポイ(民族共生象徴空間)と国立アイヌ民族博物館が開いた。北海道では「イランカラㇷ゚テ」を、おもてなしのあいさつとして広める取り組みも続いている。

ことばカード

こんにちは
Irankarapte
イランカラㇷ゚テ
ありがとう
Iyayraykere
イヤイライケレ
さようなら(見送る人が)
Apunno paye yan
アプンノ パイェ ヤン
さようなら(去る人が)
Apunno oka yan
アプンノ オカ ヤン
神・霊的な存在
Kamuy
カムイ
人間
Aynu
アイヌ
1sine2tu3re4ine5asikne

もし学ぶなら

おすすめの入り口

国立アイヌ民族博物館の「アイヌ語アーカイブ」では、沙流(さる)方言の辞書を無料で引ける。まずは「イランカラㇷ゚テ」と「イヤイライケレ」、そして見送るときと去るときで変わる「さようなら」から始めるといい。

次は、青空文庫でも読める知里幸恵『アイヌ神謡集』。左にアイヌ語のローマ字、右に日本語訳が並ぶので、声に出して読みながら、ことばのリズムに触れられる。