ことばKOTOBA
ことばの図鑑 — 日本(鹿児島・奄美群島)
シマユムタ

奄美語——鹿児島県の、琉球のことば

住所は鹿児島県、ことばは琉球の仲間。7つの母音を持ち、「ありがとう」の言い方も由来も島ごとに違う、奄美群島のシマユムタ。

2026-10-10 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
日本(鹿児島・奄美群島)
話し手
推計 約1万2,000〜3万4,000人
系統
日琉語族 北琉球語群
危機度
危険

どこで、誰が話している?

奄美語は、鹿児島県の南、奄美群島で話されてきたことばだ。奄美大島・加計呂麻島・請島・与路島、そして喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島。九州と沖縄本島のあいだに点々と並ぶ島々である。群島の人口は約10万4,000人(2020年)。

地元では「シマユムタ」「島口(シマグチ)」と呼ぶ。喜界島では「シマユミタ」、沖永良部島では「島ムニ」、与論島では「ユンヌフトゥバ」。呼び名からして島ごとに違う。日琉語族の北琉球のグループに入り、沖縄語の親戚にあたるが、国の分類ではいまも「奄美方言」だ。

話し手の数ははっきりしない。奄美大島だけで北部の約1万人と南部の約2,000人という推計があり、群島全体では約3万4,000人とする資料もある。どちらにしても、中心は高齢層である。島どうしの差も大きく、奄美大島・名瀬のことばは、沖永良部島や与論島ではほとんど通じないという。

どんな音がする?

奄美大島と徳之島のことばには、母音が7つある。日本語の「ア・イ・ウ・エ・オ」に、舌を口のまんなかに置いて出すï と ëが加わる。日本語のオはウになり、日本語のエは中舌の ï に変わって、イとの区別を残した。

子音では、息を強く出す「カ・タ」と、喉を締めて息を出さない「カ・タ」とを言い分ける。単語のなかのカ行は、hに変わったり消えたりしやすい。「高い」は大和村でtaxasa(タハサに近い)、与路島ではtaːsa(ターサ)。奄美大島の北端、佐仁の集落では、長い母音や鼻にかかる母音まで数えると母音が18にもなり、琉球の言語でいちばん多いとされる。

どんな文字で書く?

書くときはひらがな・カタカナを使う。ただし決まった正書法はない。日本語にない ï や ë、喉を締める音には対応する仮名がないので、辞典や教材は小書きの字や記号で工夫している。たとえば「木の精」の妖怪は、本来の音ではクィンムンに近い。それが標準語風に崩れて、よく知られた「ケンムン」になった。

ありがっさまりょーた奄美大島のことばで「ありがとうございます」

文法のクセ

語順は日本語と同じ主語・目的語・動詞だ。瀬戸内町古仁屋のことばで「ʔura ja katʃi m wan na kakam」は「君は書いても、私は書かない」。kakam の m が「〜ない」を表す。

おもしろいのは、文の終わりの形が2種類あることだ。「書く」なら、「書きをり」から来た kakjuri 系と、「む」がついた形から来た kakjum 系。どちらも使われ、意味が少し違う。強調の「du(ぞ)」が入ると文末の形が変わる、古典日本語の係り結びに似たしくみも残っている。

この言語でしか言えない言葉

ナーユムタ
naayumuta
意味「無駄口」。奄美の民俗研究家・惠原義盛は、ユムタ(ことば)をユム(読む)とウタ(詩)だと説いた。ことばには霊力が宿る。だから要らないおしゃべりは神にとがめられる、という。惠原は1975年から新聞で奄美のことばを一語ずつ紹介し、のちにまとめた『奄美方言さんぽ』の最初にこの語を置いた。
オボーラ
oboora
意味徳之島の「ありがとう」。もとは「重たかろう」だとされる。昔、人に感謝されるのは力仕事を手伝ったときだった。「重かったろう」と相手の労をねぎらう声が、そのままお礼のことばになった。

歴史をひとことで

奄美の名は古く、『日本書紀』の657年の記事に「海見嶋」として出てくる。15世紀、群島は琉球王国の支配に入った。1609年、薩摩藩が琉球に攻め込み、1611年に奄美は薩摩に割譲される。その後は砂糖で納める重い税が課され、島はサトウキビ一色になった。言葉が沖縄のことばと近いまま、行政は鹿児島に属するという、いまの姿はここから始まる。

戦後の1946年、奄美はアメリカの統治下に置かれ、1953年12月25日に日本へ戻った。一方で家庭のことばは細っていく。大正の終わりから標準語教育が広がり、1950〜60年代に子どもだった世代で日本語への切りかえが一気に進んだ。島のことばと標準語が混ざった「トン普通語」も生まれた。トンは奄美のことばでサツマイモのことである。

いま、この言語は

2009年、ユネスコは奄美語を消滅危機言語の「危険」に分類した。これを受けて、島々で記録と継承の取り組みが続いている。

奄美群島では2月18日が「方言の日」だ。大島地区の文化協会が2007年度に定めた。日付は与論のことばで「ことば」を表すフトゥバの語呂合わせで、フが2、トゥが10、バが8。この日の前後には、喜界島で子どもたちのシマユミタ大会、与論島で方言カルタ大会が開かれる。2020年2月には文化庁の「危機的な状況にある言語・方言サミット」が奄美市で開かれ、2日間でのべ約1,350人が集まった。中学校でも、地域の高齢者に話を聞いて「島口クイズ」を作る授業が行われている。

ことばカード

「ありがとう」ひとつとっても、島ごとに言い方も由来も違う。

ありがとう(奄美大島)
ありがっさまりょーた
arigassamaryoota
こんにちは(奄美大島)
うがみんしょうらん
ugaminshooran
ありがとう(喜界島・「拝み」から)
ウーガン
uugan
ありがとう(徳之島・「重たかろう」から)
オボーラ
oboora
ありがとう(与論島・「尊い」+「様」)
トートガナシ
tootoganashi
島のことば
シマユムタ
shimayumuta

もし学ぶなら

おすすめの入り口

まずは「ありがっさまりょーた」と「うがみんしょうらん」。奄美市の案内文でも、挨拶の一言目に使われている。次に、島ごとの「ありがとう」を並べてみる。拝む、重たかろう、尊いお方。お礼の言い方ひとつに、島の暮らしが映っている。

もう少し深く知りたいなら、惠原義盛『奄美方言さんぽ』や、長田須磨らの『奄美方言分類辞典』が入り口になる。2月18日の「方言の日」のころには、島々で子どもたちの方言大会やカルタ大会が開かれる。

出典・参考:Wikipedia: 奄美語(下位区分・島間で通じにくい・7母音・有気/喉頭化・カ行のh化・2種類の終止形・du係結形・古仁屋の文例・2009年ユネスコ「危険」・トン普通語) / Wikipedia: Amami Ōshima language(北部約1万人・南部約2,000人・シマユムタ/島口・佐仁方言18母音) / Wikipedia: Amami Islands(人口104,281人〈2020年〉・657年海見嶋・1609年薩摩侵攻・1611年割譲・砂糖の税・1946年分離・1953年12月25日復帰) / Wikipedia: トン普通語(トン=サツマイモ・クィンムン→ケンムン・1950〜60年代の言語交替) / 鹿児島県立奄美図書館「奄美先人の知恵(方言の日)」(2月18日・平成19年度制定・フトゥバの語呂合わせ・島ごとの呼び名・ナーユムタ・ウーガン/オボーラ/トートガナシ) / 方言の日(鹿児島県大島地区)(喜界島のシマゆみた大会・与論カルタ大会) / JLect: ありがっさまりょーた / 奄美市 ふるさと納税担当メッセージ(うがみんしょうらん=こんにちは) / 文化庁: 令和元年度 危機的な状況にある言語・方言サミット(奄美大会)・奄美大島(2020年2月22・23日) / 鹿児島県: 龍北中学校の島口・島唄・八月踊り伝承活動(島口クイズ) / 文化庁: 消滅の危機にある言語・方言
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。