どこで、誰が話している?
ベンガル語は、バングラデシュと、インド東部の西ベンガル州・トリプラ州・アッサム州のバラク渓谷で話されている。現地では「バングラ」と呼ぶ。バングラデシュでは唯一の公用語であり、国語だ。国の名前そのものが「ベンガル(バングラ)の国」を意味している。
母語として話す人は約2億4,000万人、第二言語として使う人を合わせると約2億8,000万人になる。母語話者の数では世界で6番目ほどに多い言語で、日本語の話し手のおよそ2倍にあたる。
どんな音がする?
ベンガル語には、息を強く吐く音と吐かない音の区別がある。「カ」と「クハ」、「ダ」と「ドハ」は別の音で、入れ替えると別の単語になる。日本語の耳には同じに聞こえるので、最初の関門になりやすい。
もうひとつの特徴は、サンスクリット語の「ア」が「オ」に近い音で読まれることだ。「ありがとう」の ধন্যবাদ は、サンスクリット語から来た単語で、ヒンディー語なら「ダンニャワード」に近いところを、ベンガル語では「ドンノバド」と発音する。同じ語が、ベンガルに来ると丸い音になる。
どんな文字で書く?
文字はベンガル文字(アッサム語と共用のため、ベンガル・アッサム文字とも呼ぶ)。左から右へ書き、多くの文字の上に横一本の線が引かれる。この線が単語ごとにつながるので、文字が物干しの線からぶら下がっているように見える。
基本の母音字は11、子音字はそれを大きく上回り、子音どうしを重ねた結合文字がたくさんある。子音字には「オ」の母音があらかじめ含まれていて、別の母音を足すときは記号を前後や上下につける。数字にも専用の形があり、1・2・3は ১・২・৩ と書く。
文法のクセ
語順は日本語と同じ主語・目的語・動詞。そして、ヨーロッパの親戚の言語と違って文法上の性がない。「彼」も「彼女」も同じ単語で言い表す。
そのかわり、相手との距離には細かい。「あなた」にあたる語が3段階ある。ごく親しい相手や年下には「トゥイ」、友人や家族には「トゥミ」、目上や初対面の人には「アプニ」。動詞の形も、どの「あなた」かに合わせて変わる。
日本語の「1冊」「1本」に少し似た助数詞もある。数字に「-タ」「-ティ」をつけて数え、名詞につけると「その〜」の意味にもなる。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
ベンガル語は、古代インドの話しことばマガディー・プラークリットから分かれて生まれた。約1,000年前ごろの仏教の歌『チャルヤーパダ』が、最も古いベンガル語の記録とされる。
いちばん大きな事件は20世紀に起きた。1947年、ベンガルの東側はパキスタンの一部(のちの東パキスタン)になる。1948年3月、総督ジンナーはダッカで「国語はウルドゥー語だけだ」と宣言した。人口の多数がベンガル語を話していたにもかかわらず、だ。
反対運動は広がり、1952年2月21日、集会禁止令のなかダッカ大学の学生たちが集まった。警察が発砲し、アブル・バルカトやラフィクッディン・アハメドら学生が命を落とした。ことばのために人が死んだこの日は「エクシェ(21日)」と呼ばれ、殉教者の記念碑ショヒド・ミナールが建てられた。1956年、ベンガル語はウルドゥー語と並ぶ国語に定められ、この運動は1971年のバングラデシュ独立へとつながっていく。
いま、この言語は
1999年11月17日、ユネスコは2月21日を「国際母語デー」に定めた。1952年の学生たちの記憶が、いまは世界じゅうの少数言語と多言語教育を考える日になっている。毎年この日、ダッカのショヒド・ミナールには花を手にした人が夜明け前から集まる。
文学の厚みもある。詩人ラビンドラナート・タゴールは1913年、アジアで初めてノーベル文学賞を受けた。彼がベンガル語で書いた歌は、インドの国歌「ジャナ・ガナ・マナ」と、バングラデシュの国歌「アマル・ショナル・バングラ」の両方になっている。ひとりの詩人が二つの国の国歌を書いた例だ。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずは文字から。上の横線と、子音に「オ」が含まれている仕組みがわかると、看板の文字が音に変わりはじめる。数字の ১ ২ ৩ も一緒に覚えると、値札や時計が読めるようになる。
次は「あなた」の3段階を意識して、タゴールの歌を聴いてみること。「アマル・ショナル・バングラ」は、短いフレーズのくり返しが多く、耳で覚えやすい。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。