どこで、誰が話している?
チベット語は、平均標高が約4,000mをこえるチベット高原と、ヒマラヤの山あいで話されている。正確には「チベット系諸語」というグループで、話し手は全体で約600万人。中国のほか、ネパール、インド、ブータン、パキスタン、ミャンマーの6か国にまたがる。
その中で、ふつう「チベット語」と呼ばれるのは、首都ラサのことばを土台にした標準チベット語だ。ラサを中心とする中央チベット語の母語話者は約120万人で、中国のチベット自治区では公用語になっている。北東のアムドのことばは、ラサとは会話が通じにくい。
どんな音がする?
ラサのことばには高い・低いの2つの声調がある。音節のはじめに子音が重なることはなく、語のおわりにつく子音も1つだけ。
おもしろいのは、文字の上では子音がぎっしり重なっていることだ。数字の5は lnga と綴るが、読みは「ガ」に近い。3の gsum は「スム」、4の bzhi は「シ」。頭の l や g や b は、昔は読んでいたが、いまのラサではほとんど黙っている。そのかわりに声調が生まれた、と考えられている。
どんな文字で書く?
チベット文字は、北インドのグプタ文字から生まれた文字だ。30の子音字に、i・u・e・o の4つの母音記号を上下につけて書く。記号がなければ、子音は「ア」をつけて読む。
単語のあいだに空白はなく、かわりにツェクと呼ばれる小さな点で音節を区切る。声調を表す記号はない。この文字が作られたころ、チベット語にはまだ声調がなかったからだ。綴りが古い発音のままなので、読みとの差はかなり大きい。
ブータンのゾンカ語やインドのラダック語も、この文字で書く。
文法のクセ
語順は日本語と同じ「主語・目的語・動詞」で、動詞はかならず文の最後に来る。いっぽうで、「〜が」にあたる印のつけ方は日本語と違う。他動詞の文では、動作をする人のほうに特別な印をつける。こういう言語を能格言語という。
もうひとつの大きな特徴が敬語だ。チベット語の敬語は語尾を変えるだけでなく、単語そのものを取りかえる。ふつうの人の頭は mgo(ゴ)だが、ラマ(高僧)の頭は dbu(ウ)。手はふつう lag pa(ラクパ)、敬語では phyag(チャク)。「行く」も、ふつうの形と敬語の phebs(ペー)で別の語になる。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
言い伝えでは、7世紀、吐蕃(とばん)の王ソンツェン・ガンポの命で、大臣トンミ・サンボータがインドの文字をもとにチベット文字を作った。ただし実際の成り立ちはよくわかっておらず、いまの形に落ち着いたのはもっと後だとする研究者もいる。
文字ができると、サンスクリット語の仏典が大量にチベット語へ訳された。816年ごろには訳語や綴りをそろえる改革が行われ、対訳語彙集も作られた。こうして整えられた古典チベット語は、いまもお経のことば、学問のことばとして使われつづけている。ラサのジョカン寺の前には、821〜822年に結ばれた唐との条約を、チベット語と漢文で刻んだ石碑が残る。
いま、この言語は
Ethnologue は中央チベット語を「安定」とし、ユネスコの危機言語リストにも標準チベット語は入っていない。ネパール国境の小さなチベット系言語には、危機言語に数えられるものもある。
ただ、学校での使われ方は変わりつつある。2020年には四川省のアバ(ンガバ)で、授業の言語がチベット語から中国語に切りかえられた。チベット高原の寄宿学校で中国語中心の教育が広がっていることを、子どものチベット語の力が落ちる原因として懸念する報告もある。いっぽう、インドなどの亡命社会では、学校でチベット語を教えつづけている。文字は1996年に Unicode に入った。
ことばカード
「さようなら」が2つあるのは、去る人と残る人で言い方が変わるからだ。kale は「ゆっくり」、phebs は「行く」、zhugs は「いる」の敬語。去る人には「ゆっくりお行きください」、残る人には「ゆっくりお過ごしください」と声をかける。
もし学ぶなら
おすすめの入り口
最初の山は文字だ。ka・kha・ga・nga と始まる30字を、まず「ア」つきの音で覚える。そのうえで、綴りと読みのずれ(gsum が「スム」になるような)を少しずつ覚えていく。ローマ字転写の「ワイリー方式」を知っておくと、辞書が引きやすい。
話しことばはラサの標準チベット語から入るのが一般的だ。米バージニア大学のTHL(チベット・ヒマラヤ図書館)は、標準チベット語の教材や辞書をオンラインで公開している。最初のひとことは「トゥクジェチェ」。ありがとうと言うたびに、相手の慈悲をほめることになる。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。