ことばの図鑑 — ウェールズ
Cymraeg

ウェールズ語——道路標識から取り戻した言語

1960年代、若者たちが英語だけの道路標識をペンキで塗りつぶした。いまウェールズでは、地名も注意書きも二つの言語で並ぶ。w と y が母音になり、「ありがとう」は Diolch と言う言語である。

2026-09-14 / 言語図鑑 編集部

どこで
ウェールズ
話し手
約54万〜84万人
系統
ケルト語派(インド・ヨーロッパ語族)
危機度
脆弱

どこで、誰が話している?

ウェールズ語は、イギリスの西側、グレートブリテン島の西に張り出したウェールズで話されている。現地での名前は Cymraeg(カムライグ)。2021年の国勢調査では、3歳以上の住民のうち約53万8,000人(約18%)が「話せる」と答えた。別の年次調査では約84万人とも出ていて、数え方で幅がある。

イングランドにも約11万人の話し手がいるとされ、海を越えたアルゼンチンのパタゴニア、チュブ州にも、19世紀に移り住んだ人々の子孫を中心に約1,500〜5,000人の話し手がいる。ウェールズでは、2011年の法律で英語と並ぶ公用語になっている。

どんな音がする?

いちばん有名なのは ll の音だ。舌先を上の歯ぐきにつけたまま、舌の両脇から息だけを「シュー」と漏らす。英語にはない音で、カタカナでは書き表しにくい。地名に多い Llan(教会の敷地)は、この音で始まる。

ほかにも、ch はドイツ語の Bach のような喉の奥の音、dd は英語の this の th、f は v の音で、f の音は ff と書く。「ありがとう」の Diolch(ディオルフ)は、最後にこの ch の音がくる。

どんな文字で書く?

使うのはラテン文字。ただしアルファベットは 29文字で、ch・dd・ff・ng・ll・ph・rh・th の2字でひとつの文字が8つ入っている。かわりに k・q・v・x・z は、外国の名前や借用語でしか使わない。

もうひとつの特徴は、w と y が母音であることだ。w は「ウ」、y は「イ」や、弱く「ア」に近い音になる。だから「谷」を意味する cwm(クム)のように、英語の目で見ると母音が見当たらない単語がふつうに出てくる。長い母音には「to bach(小さな屋根)」と呼ばれる山形の記号 ^ をつける。

Croeso i Gymru「ウェールズへようこそ」。国境の標識に書かれている

文法のクセ

上の標識をよく見ると、「ウェールズ」は Cymru なのに、ここでは Gymru になっている。これが子音変異で、前にくる語や文法の位置によって、単語の最初の子音が入れ替わる。

いちばんわかりやすいのは「猫」の cath だ。ei gath は「彼の猫」、ei chath は「彼女の猫」。ei(彼の/彼女の)は同じ綴りで、うしろの猫の頭の音が c から g に変わるか、ch に変わるかで、持ち主が男か女かがわかる。

語順は動詞が文の先頭にくる「動詞・主語・目的語」。そして、日本語の「はい」「いいえ」にあたる万能の一語がない。「ありますか?」と聞かれたら oes(あります)か nac oes(ありません)と、質問の動詞に合わせて答える。

この言語でしか言えない言葉

Hiraeth
ヒライス
意味ふるさと、とくにウェールズへの、懐かしさのまじった強い思慕。hir(長い)から来た語で、古くは亡くした人を思う悲しみも指した。戻れない場所や時代への思いまで含む言葉として、英語に訳しにくい語の代表に挙げられる。
Cynefin
カネヴィン
意味辞書では「生息地」「なじみの場所」。もとは丘の牧場で、羊が自分の草場を覚えて離れないことを言った。そこから、人や景色や音がなじんでいて、自分が属していると感じられる場所を指すようになった。ウェールズの学校カリキュラムにも、この言葉がそのまま使われている。

歴史をひとことで

ウェールズ語は、ローマ時代のブリテン島で話されていたブリトン語の子孫だ。16世紀の1535年と1542年の法律でウェールズはイングランドに組み込まれ、裁判や役職は英語だけになった。一方で1588年、ウィリアム・モーガンが聖書をウェールズ語に全訳し、これが書き言葉の支えになった。

19世紀には、学校でウェールズ語を話した子どもに木の札を下げさせる「Welsh Not」が各地で行われた。国の方針ではなく教師ごとの慣行だったが、1847年の政府報告書「青書」がウェールズ語を低く描いたこともあって、英語へ移る流れは強まった。

いま、この言語は

転機は1962年。作家ソーンダース・ルイスがラジオ講演「言語の運命(Tynged yr Iaith)」でこのままでは言語が消えると訴え、同じ年にウェールズ語協会が生まれた。協会の大きな運動が道路標識だった。1960年代末から、メンバーは英語だけの標識をペンキで塗りつぶし、やがて引き抜いて役所の前に積んだ。1972年、政府の委員会がウェールズ全土で二言語の標識を勧め、いまのウェールズでは地名も注意書きも二言語で並ぶ。

その後、1982年にウェールズ語のテレビ局 S4C が開局し、1993年の法律で英語と対等に扱うことが定められた。ユネスコの分類は「脆弱」だが、ケルト系の言語のなかではもっとも危機が小さい。ウェールズ政府は2017年に「2050年までに話し手100万人」という目標を立て、学校教育を中心に話し手を増やそうとしている。

ことばカード

やあ
Shwmae
シュマイ
おはよう
Bore da
ボレ・ダー
ありがとう
Diolch
ディオルフ
ようこそ
Croeso
クロイソ
ウェールズ
Cymru
カムリ
ウェールズ語
Cymraeg
カムライグ
1un2dau3tri4pedwar5pump

もし学ぶなら

おすすめの入り口

ウェールズ政府の目標もあって、大人向けの学習の場がよく整っている。国の学習機関 Learn Welsh(Dysgu Cymraeg)がオンライン講座を出しているほか、語学アプリにもウェールズ語のコースがある。

やる順番としては、まず ll・ch・dd と w・y の読み方。綴りどおりに読める言語なので、読み方さえつかめば標識が声に出して読めるようになる。そのあとで、子音変異の「c→g」「p→b」「t→d」あたりから慣れていくといい。