どこで、誰が話している?
ギリシャ語を母語にする人は約1,350万人(2015年の推計)。ギリシャとキプロスの公用語で、ギリシャが1981年に当時のECへ加盟して以来、EUの公用語のひとつでもある。オーストラリア・アメリカ・ドイツなどに大きな移民のコミュニティがあり、家庭の言語としても受け継がれている。
人数としては、世界の言語のなかで飛び抜けて多いわけではない。それでもこの言語が特別なのは、記録が3,400年ぶん、途切れずに残っているからだ。いま話されている言語のなかで、これだけ長い文字記録をたどれるものはほかにない。
どんな音がする?
母音は a・e・i・o・u の5つだけ。日本語話者にはありがたい構成だ。ただし綴りのほうは事情が違って、ι・η・υ・ει・οι はどれも「イ」と読む。音は1つなのに書き方が5通りある、という逆転が起きている。
子音には英語の th にあたる音が2種類ある。θ(シータ)は息だけの「ス」に近く、δ(デルタ)は喉を鳴らす「ズ」に近い。海を意味する θάλασσα(サラサ) は、古代から綴りがほとんど変わっていない単語のひとつで、この言語らしい響きがよく出ている。
どんな文字で書く?
ギリシャ文字、24字。紀元前9世紀末から8世紀初めごろ、地中海の交易相手だったフェニキア人の文字を借りて作られた。このとき起きた発明がひとつある。もとのフェニキア文字は子音だけを書く仕組みだったが、ギリシャ人は余った字を母音にあてた。母音を独立した文字として書いた、知られているかぎり最初の文字体系である。
この文字は、そのあと西へ東へ広がった。ラテン文字も、キリル文字も、コプト文字も、もとをたどればここにゆきつく。いま英語を書いている A も、ロシア語を書いている А も、遠い親戚だ。
文法のクセ
名詞に3つの性(男性・女性・中性)と4つの格がある。古代ギリシャ語にはもっと格があったが、与格が消えて4つに落ち着いた。格のひとつ「呼格」は、人に呼びかけるときだけ使う専用の形で、Γιώργος(ヨルゴス)さんを呼ぶときは Γιώργο になる。名前を呼ぶための語形がある、というのは日本語にない発想だ。
もうひとつ珍しいのが、不定詞がないこと。英語の to go にあたる「動詞の裸の形」が使われなくなった。「行きたい」は「私は望む+私が行く」と、どちらの動詞も主語に合わせて活用させる。周りのバルカン半島の言語にも同じ特徴があり、地域ぐるみの変化だと考えられている。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
いちばん古い記録は、紀元前1450〜1350年ごろの粘土板。ペロポネソス半島のメッセニアで見つかったもので、線文字Bという音節文字で書かれている。長いあいだ読めなかったこの文字を、建築家のマイケル・ヴェントリスが1952年に解読し、中身がギリシャ語だと判明した。宮殿の在庫台帳のような、ごく事務的な記録だった。
その後、アレクサンドロス大王の遠征とともに「コイネー」と呼ばれる共通語が地中海一帯に広がる。近代に入ってからは、古典寄りに整えた書きことばカサレヴサと、実際に話されているディモティキが並び立つ時期が長く続いた。決着がついたのは1976年で、ディモティキが国の公用の言語と定められた。1982年には、2000年以上使われてきた複雑なアクセント記号を1種類に減らす表記(モノトニコ)が正式に導入されている。
いま、この言語は
危機度は「安全」。教育も行政も出版もこの言語で回っている。加えてギリシャ語は、自分の外側でも生き続けている。telephone も democracy も philosophy もここから来ていて、新しい学問分野や病名はいまも古代ギリシャ語の部品で作られる。世界の語彙工場のような言語だ。
いっぽうで、ギリシャ国内には弱っている変種もある。ペロポネソス半島南東部で話されるツァコニア語は、標準のギリシャ語とは別の系統——古代のドーリス方言の子孫——で、標準語とは通じない。話者は高齢者中心に数百〜数千人とされ、ユネスコの分類では「極めて深刻」。地元の学校や団体が、子どもたちに教える取り組みを続けている。
ことばカード
「はい」が Ναι(ネ)、「いいえ」が Όχι(オヒ)。日本語の耳には逆に聞こえやすい。この Όχι は10月28日の祝日「オヒの日」の名前でもある。1940年のこの日、ギリシャがイタリアの最後通牒をはねつけた出来事にちなむ。
もし学ぶなら
おすすめの入り口
ギリシャの言語音声処理研究所(ILSP)が公開している Filoglossia は、初級15章分を音声つきで無料で使える。会話・語彙・文法・実用表現が章ごとにそろっていて、独学の最初の足場になる。
やるべきことの順番ははっきりしている。まず24字のアルファベットを読めるようにすること。ここは数日で越えられる。次にアクセント記号(´)の位置。ギリシャ語は置く場所で意味が変わるので、単語を覚えるときは必ず記号ごと覚えるのがいい。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。