どこで、誰が話している?
エスペラントには国がない。公用語にしている国もない。話し手は世界じゅうに散らばっていて、集まる場所は大会や旅先の家、そしてネットだ。人数は数えにくく、約200万人という推計がよく引かれる一方、もっと少なく見積もる研究者もいる。
面白いのは、生まれたときからこの言語で育った人がいることだ。両親がエスペラントで出会い、家庭の言葉にした子どもたちで、その数は約1,000〜2,000人とされる。作られた言語に、母語話者がいるのである。
どんな音がする?
母音は a・e・i・o・u の5つだけ。日本語の「アエイオウ」とほぼ重なるので、日本語話者には発音しやすい部類に入る。そしてアクセントは必ず後ろから2番目の母音に置く。例外はない(詩で語末の o を落とすときを除く)。
「ありがとう」は Dankon。「ダンコン」の「ダ」を強めに言えば、それでもう通じる。綴りと音は一対一で、書いてあるとおりに読み、聞こえたとおりに書ける。
どんな文字で書く?
ラテン文字の28字を使う。q・w・x・y は使わない代わりに、帽子をかぶった字が6つある。ĉ(チ)、ĝ(ヂ)、ĥ(喉のハ)、ĵ(ジ)、ŝ(シ)の5つに山形の記号、ŭ(短いウ)にお椀形の記号がつく。
文法のクセ
品詞は語尾を見ればわかる。名詞は -o、形容詞は -a、副詞は -e、動詞の不定形は -i。動詞は現在 -as、過去 -is、未来 -os と変わり、主語が「私」でも「彼」でも形は同じだ。mi estas(私は〜だ)、li estas(彼は〜だ)。変化はすべて規則どおりにそろえてある。
もうひとつの道具が接辞。mal- をつけると反対の意味になり、granda(大きい)は malgranda(小さい)になる。-in- で女性形、patro(父)から patrino(母)。-ej- は場所で、lernejo は「学ぶところ」つまり学校。-et- で小さく、-eg- で大きく、domo(家)は dometo(小屋)にも domego(屋敷)にもなる。少ない語根から、組み立てで語彙が増えていく。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
作ったのはルドヴィコ・ザメンホフ。1859年、ロシア帝国のビャウィストク(いまのポーランド)に生まれた。町ではロシア語・ポーランド語・イディッシュ語などが飛び交い、民族どうしの争いが絶えなかった。どの民族のものでもない共通語があれば、争いを減らせるのではないか。それが出発点だった。本業は眼科医である。
1887年7月26日、彼は最初の教科書をロシア語で出した。筆名は Doktoro Esperanto、「希望する人博士」。この筆名がそのまま言語の名前になった。1905年にはフランスのブローニュ=シュル=メールで最初の世界エスペラント大会が開かれ、1908年には世界エスペラント協会ができた。
平坦な道ではなかった。ナチス・ドイツは1935年にこの言語を禁じ、ソ連でも1937年の大粛清のなかで多くの話し手が処刑・投獄された。一方で1954年、ユネスコはモンテビデオ決議で、国際補助語としてのエスペラントへの支持を示している。
いま、この言語は
ネットでは元気だ。Duolingo の英語話者向けコースは2015年に始まり、最初の数年で100万人以上が登録した。Google 翻訳も2012年からエスペラントに対応している。エスペラント版ウィキペディアは約39万本の記事を持ち、話し手の数に比べると大きな規模だ。
エスペラントの話し手を泊め合う「パスポルタ・セルボ」のような仕組みもあり、国を持たない言語は、人の家を国境の代わりにして生きている。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずは Duolingo や lernu! のような無料の教材で、語尾と接辞のしくみをつかむのが早い。規則が少ないぶん、文法の全体像は短い期間で見渡せる。
そのあとは人と話すこと。オンラインの集まりや大会に顔を出せば、相手もみな「学んで身につけた人」だ。母語話者の有利がほとんどない言語なので、最初から対等に話せる。ただし、つい日本語に戻ると krokodili と言われる。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。