ことばKOTOBA
ことばの図鑑 — 世界各地(国を持たない)
Esperanto

エスペラント——ひとりの眼科医が作った、国を持たない言語

争いの絶えない町で育った眼科医が、どの民族のものでもない言葉を作った。語尾で品詞がわかり、例外のないアクセント。作られた言語に、いまは母語話者もいる。

2026-10-11 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
世界各地(国を持たない)
話し手
約200万人(推計に幅)
系統
計画言語(人工言語)
危機度
安全(制度に支えられた言語)

どこで、誰が話している?

エスペラントには国がない。公用語にしている国もない。話し手は世界じゅうに散らばっていて、集まる場所は大会や旅先の家、そしてネットだ。人数は数えにくく、約200万人という推計がよく引かれる一方、もっと少なく見積もる研究者もいる。

面白いのは、生まれたときからこの言語で育った人がいることだ。両親がエスペラントで出会い、家庭の言葉にした子どもたちで、その数は約1,000〜2,000人とされる。作られた言語に、母語話者がいるのである。

どんな音がする?

母音は a・e・i・o・u の5つだけ。日本語の「アエイオウ」とほぼ重なるので、日本語話者には発音しやすい部類に入る。そしてアクセントは必ず後ろから2番目の母音に置く。例外はない(詩で語末の o を落とすときを除く)。

「ありがとう」は Dankon。「ダンコン」の「ダ」を強めに言えば、それでもう通じる。綴りと音は一対一で、書いてあるとおりに読み、聞こえたとおりに書ける。

どんな文字で書く?

ラテン文字の28字を使う。q・w・x・y は使わない代わりに、帽子をかぶった字が6つある。ĉ(チ)、ĝ(ヂ)、ĥ(喉のハ)、ĵ(ジ)、ŝ(シ)の5つに山形の記号、ŭ(短いウ)にお椀形の記号がつく。

La vivo estas bela.「人生は美しい」。la は英語の the にあたる冠詞で、形はこれひとつだけ

文法のクセ

品詞は語尾を見ればわかる。名詞は -o、形容詞は -a、副詞は -e、動詞の不定形は -i。動詞は現在 -as、過去 -is、未来 -os と変わり、主語が「私」でも「彼」でも形は同じだ。mi estas(私は〜だ)、li estas(彼は〜だ)。変化はすべて規則どおりにそろえてある。

もうひとつの道具が接辞。mal- をつけると反対の意味になり、granda(大きい)は malgranda(小さい)になる。-in- で女性形、patro(父)から patrino(母)。-ej- は場所で、lernejo は「学ぶところ」つまり学校。-et- で小さく、-eg- で大きく、domo(家)は dometo(小屋)にも domego(屋敷)にもなる。少ない語根から、組み立てで語彙が増えていく。

この言語でしか言えない言葉

Krokodili
クロコディーリ
意味エスペラントの話し手どうしが集まっているのに、母語など別の言語でしゃべること。直訳は「ワニする」。共通語のための集まりで内輪の言葉に戻るのを、軽くたしなめる言い方だ。なぜワニなのかは、はっきりしていない。
Samideano
サミデアーノ
意味同じ考えを持つ仲間。sam-(同じ)+ide-(考え)+-an-(〜の一員)+-o(名詞)の組み立てで、エスペラントの話し手が互いを呼ぶときに使ってきた。語の作り方そのものが、この言語の見本になっている。

歴史をひとことで

作ったのはルドヴィコ・ザメンホフ。1859年、ロシア帝国のビャウィストク(いまのポーランド)に生まれた。町ではロシア語・ポーランド語・イディッシュ語などが飛び交い、民族どうしの争いが絶えなかった。どの民族のものでもない共通語があれば、争いを減らせるのではないか。それが出発点だった。本業は眼科医である。

1887年7月26日、彼は最初の教科書をロシア語で出した。筆名は Doktoro Esperanto、「希望する人博士」。この筆名がそのまま言語の名前になった。1905年にはフランスのブローニュ=シュル=メールで最初の世界エスペラント大会が開かれ、1908年には世界エスペラント協会ができた。

平坦な道ではなかった。ナチス・ドイツは1935年にこの言語を禁じ、ソ連でも1937年の大粛清のなかで多くの話し手が処刑・投獄された。一方で1954年、ユネスコはモンテビデオ決議で、国際補助語としてのエスペラントへの支持を示している。

いま、この言語は

ネットでは元気だ。Duolingo の英語話者向けコースは2015年に始まり、最初の数年で100万人以上が登録した。Google 翻訳も2012年からエスペラントに対応している。エスペラント版ウィキペディアは約39万本の記事を持ち、話し手の数に比べると大きな規模だ。

エスペラントの話し手を泊め合う「パスポルタ・セルボ」のような仕組みもあり、国を持たない言語は、人の家を国境の代わりにして生きている。

ことばカード

こんにちは
Saluton
サルートン
ありがとう
Dankon
ダンコン
さようなら
Ĝis revido
ヂス・レヴィード
はい
Jes
イェス
いいえ
Ne
ネ
エスペラント
Esperanto
エスペラント
1unu2du3tri4kvar5kvin

もし学ぶなら

おすすめの入り口

まずは Duolingo や lernu! のような無料の教材で、語尾と接辞のしくみをつかむのが早い。規則が少ないぶん、文法の全体像は短い期間で見渡せる。

そのあとは人と話すこと。オンラインの集まりや大会に顔を出せば、相手もみな「学んで身につけた人」だ。母語話者の有利がほとんどない言語なので、最初から対等に話せる。ただし、つい日本語に戻ると krokodili と言われる。

出典・参考:Wikipedia: Esperanto / Wikipedia: L. L. Zamenhof / Esperanto grammar(語尾・時制・規則変化) / Esperanto vocabulary(接辞・krokodili・samideano) / Wiktionary: krokodili / Ethnologue: Esperanto / Universal Esperanto Association(1908年) / Usona Esperantisto: Duolingo(2015年) / Pasporta Servo
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。