どこで、誰が話している?
ピレネー山脈の西の端、スペインとフランスの国境をまたぐ一帯。ここがバスク地方(Euskal Herria)で、バスク語の土地だ。2021年の社会言語調査によると、16歳以上の住民のうち約80万6千人がバスク語話者で、割合にすると約30%。ほかに約43万人が「話すのは苦手だが、聞けばわかる」層とされる。
話し手の9割以上はスペイン側で、フランス側は約5万人ほど。バスク自治州とナバーラ州の一部では、スペイン語と並ぶ公用語だ。いっぽうフランス側に公用語としての地位はない。同じ言語が、国境の右と左で違う立場に置かれている。
どんな音がする?
母音は a・i・u・e・o の5つだけ。書いてあるとおりに読めばだいたい合う。個性は子音のほうにあって、x は「シュ」、tx は「チ」、tz と ts はどちらも「ツ」に近いが舌の位置が違う。「ありがとう」の Eskerrik asko は「エスケリック・アスコ」、「こんにちは」の Kaixo は「カイショ」。地名で言えば、ビルバオは Bilbo、サン・セバスティアンは Donostia(ドノスティア)。z や tz が多く、よく転がる音になる。
どんな文字で書く?
いまはラテン文字で書く。ただしc・q・v・w・y は外来語のためにしか使わない。本来の単語には出てこないので、綴りを見れば借りものかどうかがわかる。
やっかいなのが h だ。北の方言では発音し、南の方言では発音しない。標準表記を決めるとき「発音しない人にも h を書かせるのか」で議論になり、結局は書くことになった。ひとつの綴りにまとめるとは、そういう作業である。
文法のクセ
語順は主語・目的語・動詞で、日本語と同じ並び。助詞のかわりに語尾をつなげる膠着語なので、そこも似ている。似ていないのは能格という仕組みだ。
日本語なら「私が走る」も「私が本を読む」も、主語は同じ「私が」でいい。バスク語では違う。目的語をとる動詞のときだけ、主語のおしりに -k がつく。「走る」の主語は ni(私)、「読む」の主語は nik。そのうえ「走る」の主語と「本を読む」の"本"が同じ形で並ぶ。主語と目的語という切り分けが、そのままでは通じない。
もうひとつは動詞の一致。バスク語の動詞は誰が・誰に・何をの3つを一度に抱え込むので、短い一語が日本語の一文ぶんの中身を持っていたりする。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
この言語がどこから来たのかは、まだ決着していない。ケルト系やロマンス系の言語が入ってくる前からこの土地にあった言語の生き残りだ、というところまでは多くの研究者が認めている。それ以上は、たどれない。
記録に残る節目は1545年。ベルナール・エチェパレという司祭が、詩集『Linguae Vasconum Primitiae(バスク語の初穂)』をボルドーで印刷した。印刷されたバスク語の本としては、これが最初とされる。巻末近くの「Kontrapas」に、冒頭に引いた一行がある。
1919年、バスク語アカデミーEuskaltzaindiaが設立。だがフランコ体制下では公の場での使用が抑えられ、バスク語の名前を役所に登録できなかった時期がある。それでも1956年、教育者エルビラ・シピトリアが最初のイカストラ(バスク語で授業をする学校)を始め、まだ非合法だった1960年代に各地で70校ほどが生まれた。1968年、アランツァスでの会議で標準語 Euskara Batua をつくる方針が定まる。
いま、この言語は
危機度は「脆弱」。消えかけてはいないが、安心もできない位置である。バスク自治州では2021年時点で、住民の約62.4%が何らかのバスク語の知識を持つとされる。教育の数字はもっと強く、2024年に幼児教育へ入る子どもの約83%が、授業をバスク語で行う「モデルD」を選んだ。
ただ、学校で覚えた言語が街で使われるかは別の話だ。話せる人は増え続けているのに、日常で飛び交う量はそれほど伸びていない——というのが、ずっと語られている課題である。復興のいちばん難しいところは、たぶんそこだ。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
公共放送 EITB がバスク語のニュースや番組をウェブで出している。単語を引くなら Euskaltzaindia のオンライン辞書がいちばん確実だ。
最初にやることは2つ。5母音をローマ字読みする練習と、x・tx・tz を区別すること。そのあとに能格の -k が来る。一度つまずくが、「動詞が目的語をとるかどうかで主語の形が変わる」と割り切れば、あとは規則的だ。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。