どこで、誰が話している?
八丈語は、東京から南へ約290km、伊豆諸島の八丈島と青ヶ島で話されてきたことばだ。島の人は「島ことば」と呼ぶ。住所は東京都だが、ここには都内でただひとつ、ユネスコが消滅の危機にあると認めた言語がある。
明治時代に八丈島の人々が開拓した沖縄県の大東諸島にも、このことばが伝わった。かつて人が住んでいた八丈小島は1969年に無人島になり、住民は八丈島へ移っている。話し手は1,000人未満と推計され、母語として話す人は数百人ほどとも言われる。
どんな音がする?
まず、アクセントの区別がない。「橋」も「端」も「箸」も、同じ調子で言う。次に、ラ行がダ行になることがある。ラジオはダジオ、流人はヅニンだ。
母音が溶け合うのも特徴で、「大根」はでーこになる。島の中でも5つの地域で音が違い、「手を」は三根ではてい、樫立や末吉ではちーと言う。方言学者の柴田武は、その響きが沖縄の首里のことばを思わせると書いた。
どんな文字で書く?
八丈語に独自の文字はなく、ひらがなとカタカナで書く。町の教材では、書き言葉の「は」を、実際の音どおり「わ」と書く。島に来た人を迎えることばは、こう書く。
文法のクセ
八丈語のいちばんの宝は文法にある。約1,300年前の『万葉集』に残る東国のことば(当時の関東周辺のことば)と同じ形が、いまも使われているのだ。
形容詞は、うしろに名詞がつくと「け」で終わる。「悲しい話」は悲しけ話、「白い花」は白け花。文を言い切るときは「きゃ」になり、「うれしい」はうれしきゃだ。
動詞は、名詞の前でウ段がオ段に変わる。「雪が降る時」は雪が降ろ時、「飛ぶ鳥」は飛ぼ鳥。言い切るときは、オ段の形に「わ」や「じゃ」をつけて雪がふろわと言う。日本語の本土の方言では、この2つの形の区別はほとんど失われている。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
八丈島には縄文時代から人が住んでいた。黒潮の速い流れに囲まれ、本土から新しいものが入りにくかったため、古い言葉や暮らしが残ったと考えられている。
江戸時代には流刑の島になり、関ヶ原の戦いで敗れた大名・宇喜多秀家も流された。明治になると、八丈島の人々は1900年から南の無人島だった大東諸島の開拓に乗り出し、島ことばも海を渡った。
いま、この言語は
2009年2月、ユネスコは日本の消滅危機言語8つを発表し、八丈語を「危険」に分類した。島の人々は驚いたという。八丈町教育委員会はこの年から「八丈方言を知り、伝える活動」を始めた。
2010年には「八丈・島ことばかるた」を作り、小学生のいる全家庭に配った。カルタ大会は毎年の行事になり、2014年度からは町の小中学生が9年間で約27時間、方言を学ぶ。島ことばの話し手が語る民話の動画も公開され、2022年度からは「八丈方言大会」も毎年開かれている。それでも、家庭で子どもが島ことばを覚える場面はほとんどなくなった。
ことばカード
※表記は八丈町教育委員会の教材(三根の言い方)による。「ありがとう」「はい」「いいえ」と数字は、確かな記録を確認できなかったため載せていない。
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずは「おじゃりやれ」から。島の人が、来た人を迎えるときの言葉だ。次に、身のまわりの形容詞に「け」をつけてみる。「白い花」を白け花と言ってみると、万葉の東国の人々の口調に少し近づける。
島の外からなら、八丈町の公式サイトで公開されている「八丈方言で語る島の民話」の動画がいい。共通語と島ことばの字幕を切りかえて見られる。冊子『島ことばを話そう 伝えよう!』も町のサイトで読める。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。