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ことばの図鑑 — インド北部
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ヒンディー語——同じ話し言葉、ちがう文字

パキスタンのウルドゥー語とは、話せばほぼ同じ。なのに文字は左から書くデーヴァナーガリーと、右から書くアラビア文字に分かれた。ひとつの話しことばの、ふたつの顔である。

2026-09-30 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
インド北部
話し手
約6億1,000万人
系統
インド・イラン語派
危機度
安全

どこで、誰が話している?

ヒンディー語は、首都デリーを含むインド北部から中部にかけての広い地域で話されている。この一帯は「ヒンディー・ベルト」と呼ばれる。インドの連邦政府の公用語で、英語と並んで政府の仕事に使われる。国の外では、ネパールにも約800万人の話し手がいる。

2011年のインド国勢調査では、母語として話す人が約3億4,500万人。第二言語として使う人を合わせると約6億1,000万人になる。さらに、パキスタンの国語ウルドゥー語とは話しことばがほぼ同じで、両方を合わせると世界で3番目に話し手の多い言語になる、という数え方もある。

どんな音がする?

日本語の耳でいちばん難しいのは、そり舌音だ。舌先を上あごの奥へ反らせて出す「タ」や「ダ」で、舌をまっすぐ歯の裏につける「タ」とは別の音として区別する。

もうひとつは、息を強く吐く音と吐かない音の区別。「カ」と「クハ」は別の音になる。「ありがとう」の धन्यवाद も、最初の音は息を伴う「ダ」で、カタカナにすると「ダンニャワード」に近い。

どんな文字で書く?

ヒンディー語はデーヴァナーガリーという文字で書く。サンスクリット語やマラーティー語、ネパール語と同じ文字だ。子音の字には「ア」の母音があらかじめ含まれていて、別の母音を足すときは記号を前後や上下につける。そして文字の上には横一本の線が引かれ、単語ごとにつながる。

ところが、ウルドゥー語は同じ話しことばをアラビア文字(ペルシア風のナスタアリーク体)で、右から左へ書く。だから同じ文が、紙の上ではまったく別の姿になる。

आप कैसे हैं? / آپ کیسے ہیں؟どちらも「アープ・カイセー・ハェン」。お元気ですか(左がヒンディー語、右がウルドゥー語)

文法のクセ

語順は日本語と同じ主語・目的語・動詞で、「に」「で」にあたることばを名詞のうしろに置く。日本語話者には組み立てやすい言語だ。

違うのは、名詞に男性と女性の2つの性があること。動詞も形容詞も、それに合わせて形を変える。さらに、過去に「〜した」と言うとき、他動詞の文では主語に「ネ(ने)」がつき、動詞は主語ではなく目的語の性に合わせて変わる。「私がパンを食べた」の「食べた」は、パンが女性名詞だから女性形になる。

「あなた」にあたる語は、ごく親しい「トゥー」、友人向けの「トゥム」、ていねいな「アープ」の3段階がある。

この言語でしか言えない言葉

कल
カル
意味「きのう」と「あした」の両方。どちらなのかは動詞が過去形か未来形かで決まる。同じように परसों(パルソーン)は「おととい」と「あさって」の両方を指す。今日を真ん中に、前と後ろを同じ距離で数えることばだ。
जुगाड़
ジュガール
意味限られた材料で、その場をなんとかする工夫。ありあわせの部品で組んだ車も、この名で呼ばれてきた。2017年にはオックスフォード英語辞典に「jugaad」として載った。

歴史をひとことで

ヒンディー語とウルドゥー語の根っこは、デリー周辺の話しことばから育ったヒンドゥスターニー語だ。文法と日常の単語はプラークリット(古代インドの話しことば)に由来し、そこにペルシア語やアラビア語の単語が混ざって、北インドの共通語になっていった。

その後、書きことばが二つに分かれる。ヒンディー語はサンスクリット語から改まった単語を、ウルドゥー語はペルシア語・アラビア語から改まった単語を取り入れた。近代の文学語としてのヒンディー語が整ったのは19世紀のことだ。1947年のインド・パキスタン分離独立で、両国はそれぞれを国の標準語に定めた。インドでは1949年9月14日、制憲議会がデーヴァナーガリーで書くヒンディー語を公用語に採択した。この日はいまも「ヒンディー・ディワス(ヒンディー語の日)」として祝われている。

いま、この言語は

話し手の数では世界有数の大言語で、危機とは無縁だ。その広がりを支えているのがボリウッド映画である。映画のせりふや歌は、ヒンディー語ともウルドゥー語とも言い切れない話しことばで書かれ、インドでもパキスタンでも楽しまれている。

身近な違いは「ありがとう」に出る。改まったヒンディー語では धन्यवाद(ダンニャワード)、ウルドゥー語では شکریہ(シュクリヤー)。けれど日常のヒンディー語でも शुक्रिया(シュクリヤー)はふつうに使われる。ふたつの書きことばは、話しことばの中ではいまも混ざり合っている。

ことばカード

こんにちは
नमस्ते
ナマステー
ありがとう(改まって)
धन्यवाद
ダンニャワード
ありがとう(くだけて)
शुक्रिया
シュクリヤー
また会おう
फिर मिलेंगे
フィル・ミレンゲー
はい
हाँ
ハーン
いいえ
नहीं
ナヒーン
1एक エーク2दो ドー3तीन ティーン4चार チャール5पाँच パーンチ

もし学ぶなら

おすすめの入り口

まずはデーヴァナーガリーを覚えること。上の横線と、子音に「ア」が含まれている仕組みがわかれば、看板もメニューも音に変わる。語順は日本語と同じなので、文の組み立てで迷うことは少ない。

耳から入るならボリウッド映画がいちばんの近道だ。字幕を見ながら「カル」が「きのう」なのか「あした」なのか、動詞の形で聞き分けてみるといい。