どこで、誰が話している?
インドネシアの国語である。2020年の推計で、母語として話す人が約7,500万人、第二言語として使う人が約1億7,700万人。合わせて約2億5,000万人で、国民の97%以上がこの言語を使えるとされる。
数字の並びを見ればわかるとおり、この言語は母語として育つ人より、あとから身につける人のほうがずっと多い。家ではジャワ語やスンダ語やバリ語を話し、学校と職場とテレビではインドネシア語を使う。国じゅうでそれが起きている。2023年11月20日には、ユネスコ総会の公用語として決議42 C/28が採択され、英語やフランス語など9言語に続く10番目の公用語になった。
どんな音がする?
母音は6つ。a・i・u・e・o に、曖昧母音のシュワーが加わる。子音は主要なものが約18と声門閉鎖音で、声調はない。f・v・z・sy・kh は借用語にだけ現れる音で、なじみのない人は k や h で代用することもある。
日本語話者にとっては、世界でもかなり読みやすい部類だ。綴りはほぼローマ字読みで通る。Terima kasih は「トゥリマカシ」。ただしひとつ罠があって、e という字が2つの音を兼ねている。同じ e が「エ」のこともあれば、口をほとんど動かさない曖昧な「ウ」のこともある。辞書以外では書き分けないので、単語ごとに覚えるしかない。
どんな文字で書く?
ラテン文字26字。ただしその綴り方は、20世紀のあいだに何度も書き換えられている。オランダ統治期の綴りでは u を oe と書いていた。1947年の共和国綴りでこれが u になり、さらに1972年8月17日——独立27周年の日に——EYD(改良綴り)が施行された。
このとき dj は j に、tj は c に、古い j は y に、nj は ny に、sj は sy に、ch は kh になった。Djakarta が Jakarta になったのはこのときである。一方で人名には古い綴りが残りやすく、初代大統領はいまも Soekarno と書かれることが多い。綴りの規則は2022年の EYD 第5版まで手入れが続いている。
文法のクセ
ないものが多い。文法上の性がない。冠詞がない。動詞の活用がない。そして時制がない。時を示したければ sudah(もう)、sedang(〜している最中)、akan(これから)、belum(まだ)といった語を添えるか、「きのう」と言えばいい。
複数形は語を繰り返す。orang(人)が orang-orang(人々)になる。ただし繰り返しはいつも複数を作るわけではなく、hati(心)を2回言うと hati-hati で「気をつけて」になり、kupu-kupu はそれ自体で「蝶」である。
覚えることが少ないぶん、語を作る力はかなり強い。ajar(教える)という語根ひとつから、belajar(学ぶ)、mengajar(教える)、pelajar(生徒)、pengajar(教える人)、pelajaran(科目)、pembelajaran(学習)、ajaran(教え)が出てくる。接辞の並べ方を覚えると、知らない単語の意味が読めるようになる。もうひとつ日本語にない区別として、「私たち」が2種類ある。聞き手を含む kita と、含まない kami。誘っているのか、報告しているのかが、この一語で決まる。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
この言語の土台はマレー語である。もともと島々を結ぶ交易の共通語として、何世紀も使われてきた。おもしろいのはオランダの振る舞いで、宗主国は自国語を広げるかわりにマレー語を行政の言語として整備した。1940年の時点で、オランダ語を話せたのは人口の約2%にすぎない。
1928年10月28日、青年会議が「青年の誓い(Sumpah Pemuda)」を出す。ひとつの祖国、ひとつの民族、そして「統一の言語、インドネシア語を掲げる」。前の2つが「認める」と言うのに対して、3つ目だけが「掲げる」なのは、そのときまだ共通語が完成していなかったからだとされる。名前が先にあり、中身はあとから作られた。
1945年の独立で、この言語が国語になった。当時これを母語としていたのは人口の約5%。いちばん多かったのはジャワ語で、話し手は4割を超えていた。あえて多数派のことばを選ばなかったのは、どのひとつの民族にも国を寄せないためである。
いま、この言語は
危機度は「安全」。話し手は増え続けていて、この言語が消える心配はない。問題はむしろ隣にある。
インドネシア政府の言語機関は、国内の地域語を718言語・778方言として確認している(うち428はパプア)。話し手の数では世界で2番目に言語の多い国だ。ただしその内訳には、すでに消滅した5言語と、危機的とされる8言語が含まれる。国の共通語が行き渡ることと、家のことばが子どもに渡らなくなることは、しばしば同じ出来事の裏表である。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
最初の1週間は、たぶんいちばん楽な部類に入る。文字は知っているし、読み方も見たまま。活用も性も時制もないので、単語を並べれば通じる文になる。旅先で使いはじめるまでの距離がとても短い言語だ。
手応えが出てくるのは接辞に入ってからで、ここが本体である。ajar・belajar・mengajar・pelajar のような一組を紙に書いて、どの部品が何をしているのかを目で見ると早い。あとは tidak と bukan の使い分け——動詞や形容詞を打ち消すのが tidak、名詞を打ち消すのが bukan——と、kita と kami の区別。この2つを外すと、意味は通じても少し不自然に響く。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。