どこで、誰が話している?
グリーンランド語は、北アメリカの北東に浮かぶ世界最大の島、グリーンランドで話されている。現地での名前は Kalaallisut(カラーリスット)。話し手は約5万7,000人で、エスキモー・アレウト語族のなかでもっとも話し手の多い言語である。
方言は大きく分けて、西の Kalaallisut、東のトゥヌミースト、北のイヌクトゥンがある。首都ヌークを含む西の方言が標準語で、学校で教えられるのもこれだ。グリーンランドはデンマーク王国の一部だが、2009年の自治法で、グリーンランド語が唯一の公用語になった。
どんな音がする?
母音はわずか i・u・a の3つ。日本語の5つより少ない。そのかわり、後ろの子音によって母音の響きが大きく変わり、q の前の i はエに、u はオに近く聞こえる。
耳に残るのは q の音だ。k よりもずっと喉の奥、のどちんこのあたりで息を止める。「ありがとう」の Qujanaq(クヤナック)は、最初と最後にこの音がある。もうひとつ、ll と書く音は、舌を上あごにつけたまま両脇から息を漏らす無声の音で、「シュ」と「ル」を同時に出すような響きになる。
どんな文字で書く?
使うのはラテン文字。1851年、ドイツ人宣教師サミュエル・クラインシュミットが最初の正書法を整えた。この綴りでは q の音に ĸ(クラ)という特別な文字を使い、アクセント記号も3種類あった。
ただ、話し言葉は100年のあいだに変わり、綴りとの差が開いていった。そこで1973年に正書法が改められ、ĸ は q になり、書いたとおりに読める綴りになった。改革のあと、読み書きできる人が増えたとされる。1861年創刊の新聞 Atuagagdliutit(「読みもの」)の紙名には、いまも旧い綴りが残っている。
文法のクセ
いちばんの特徴は、ひとつの単語に文ひとつ分の意味を詰めこむことだ。語根のうしろに、「〜する」「〜が得意な人」「〜と言う」「〜だろう」「〜だけど」といった接尾辞を次々とつなげていく。こういう言語を抱合語(多総合語)と呼ぶ。
よく例に出されるのが Aliikkusersuillammassuaanerartassagaluarpaalli。46文字で1語だが、意味は「でも、彼はすごく楽しませてくれる人だって、みんな言うだろうね。けれど……」。aliikku-(娯楽)から始まり、「与える」「得意な人」「〜だと言う」「〜だろう」「たしかに〜だが」と重なって、最後の -li(でも)で終わる。
もうひとつ、動詞に過去形にあたる語尾がない。「きのう」「もう」のような語や文脈で時を示す。未来を表す -ssa- を時制とみるかどうかは、研究者のあいだでも意見が分かれている。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
グリーンランド語は、カナダのイヌクティトゥット語などと同じイヌイット諸語のひとつだ。書き言葉の歴史が動いたのは18世紀である。1721年、デンマーク=ノルウェーの宣教師ハンス・エゲデが島に渡り、そこから植民地の時代が始まった。エゲデは現地のことばを学び、息子のポール・エゲデは1744年に福音書をグリーンランド語で出版している。一方で20世紀の半ばには、デンマーク語を強める政策がとられ、進学や役所の仕事はデンマーク語で行われるようになった。流れが変わったのは1979年の自治政府の発足で、2009年に公用語の地位を得た。
いま、この言語は
ユネスコの危機言語の分類では「脆弱」。とはいえ、島の人口の大部分が話し、学校で教えられ、新聞も放送もある。イヌイット諸語のなかでは、日常で使われる場面がとても広い言語である。課題は、高等教育や専門の分野でデンマーク語に頼る場面がまだ多いことだ。
デジタルでは、1998年に設立された言語事務局 Oqaasileriffik が中心になっている。新しい語や正書法を決めるだけでなく、スペルチェッカーや音声合成、グリーンランド語とデンマーク語の機械翻訳 Nutserut まで作って公開している。長い単語をつくる言語は、機械にとっても手ごわい。それを自分たちの手でやっているわけである。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
言語事務局 Oqaasileriffik のサイトに、辞書や単語データベースがまとまっている。機械翻訳の Nutserut には、単語をどの部品に分けたかを表示する学習向けの機能もあり、長い単語を分解して眺めるのに向いている。
やる順番としては、まず q と ll の音、それから「語根+接尾辞」の組み立て方。接尾辞をひとつ覚えるたびに、作れる単語がいくつも増える。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。