ことばKOTOBA
ことばの図鑑 — マルタ
Malti

マルタ語——ラテン文字で書く、アラビア語の親戚

「ありがとう」は Grazzi、「太陽」は xemx。イタリア語の顔とアラビア語の骨組みをあわせ持ち、ラテン文字で書く、地中海の島のことばである。

2026-10-23 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
マルタ
話し手
約53万〜57万人
系統
セム語派
危機度
安全

どこで、誰が話している?

マルタ語は、シチリア島の南に浮かぶ島国マルタの国語である。話し手は約53万〜57万人で、そのうち約45万人がマルタ国内、約8万人がオーストラリアなど国の外に住む人びとだ。オーストラリアのビクトリア州では、少数言語として認められている。

マルタでは英語も公用語で、多くの人が2つの言語を行き来しながら暮らしている。2004年5月1日にマルタがEUに加わってからは、EUの公用語のひとつにもなった。EUの公用語のなかで、セム語派の言語はマルタ語だけである。

どんな音がする?

耳にすると、まずイタリア語のような明るい響きが聞こえてくる。「おはよう」は bonġu(ボンジュ)、「ありがとう」は grazzi(グラッツィ)。ところが単語によっては、のどの奥でこする ħ の音が混じる。これはアラビア語と同じ、のどの奥で息をこすらせる音で、「命」の ħajja や「バジル」の ħabaq に出てくる。

どんな文字で書く?

アラビア語の親戚でありながら、マルタ語はラテン文字で書く。セム語派の言語で、ラテン文字を正式な文字にしているのはマルタ語だけだ。アルファベットは30文字で、母音が6つ、子音が24。c と y は使わない。

そのかわりに、点のついた ċ・ġ・ż、横棒のついた ħ、そして2文字でひとつと数える għ と ie がある。h はふつう読まない。いまの書き方の決まりができたのは1924年のことである。

Bonġu! Grazzi.「おはよう! ありがとう。」

文法のクセ

見た目はヨーロッパ風でも、文法の仕組みはセム語のものだ。単語の芯には3つの子音でできた語根があり、そのあいだに母音をはさんで単語を作る。たとえば「太陽」の xemx は、x-m-x という語根からできている。

複数形も変わっている。語尾をつけるのではなく、単語の中の母音を入れかえて作る「壊れた複数」(plural miksur)がある。「男」の raġel は、複数になると irġiel になる。冠詞は il- で、つづく子音によって形が変わるのもアラビア語と同じだ。

一方で、単語の出どころを数えると、ある調査では約52%がイタリア語・シチリア語、約32%がアラビア語系、約10%がフランス語、約6%が英語だった。骨組みはセム語、肉づけはロマンス語。この組み合わせが、マルタ語の個性である。

この言語でしか言えない言葉

Saħħa
サッハ
意味名詞としては「健康」「元気」「力」。アラビア語の ṣiḥḥa(健康)から受けついだ単語だ。マルタ語ではこれが別れのあいさつにもなり、「さようなら」の意味で使われる。別れぎわに相手の健康を言いそえる、という感覚がそのまま一語になっている。くだけた場面では、イタリア語から来た ċaw(チャウ)も使う。アラビア語由来とイタリア語由来の「さようなら」が並んでいるところに、この言語の成り立ちがよく表れている。

歴史をひとことで

マルタ語の祖先は、中世の終わりにシチリア島とマルタで話されていたシチリア・アラビア語である。1090年にノルマン人が島を征服してからは、北アフリカのアラビア語圏と切り離され、イタリア語やシチリア語のことばを取りこみながら、独自の道を歩きはじめた。

いま知られているいちばん古い文学作品は、ピエトル・カシャーロの詩『イル・カンティレーナ』。1485年より前、おそらく1470年代に作られた嘆きの詩で、1966年に公証人の記録の中から見つかった。長いあいだ島の公用語はイタリア語だったが、1934年にマルタ語が英語とともに公用語として認められ、イタリア語はその座をおりた。

いま、この言語は

国語として、議会・学校・テレビ・新聞で使われており、言語としては安定している。2022年の国の統計では、住民の約90%がマルタ語を少なくとも基本的に使えると答えた。英語と混ぜて話す人も多く、会話の途中で言語を切りかえるのはごく日常の風景である。

ことばカード

おはよう
Bonġu
ボンジュ
ありがとう
Grazzi
グラッツィ
さようなら
Saħħa
サッハ
お願いします
Jekk jogħġbok
イェック・ヨージュボック
はい
Iva
イヴァ
いいえ
Le
レ
1wieħed2tnejn3tlieta4erbgħa5ħamsa

もし学ぶなら

おすすめの入り口

ラテン文字なので、ħ・għ・ċ・ġ・ż の読み方を覚えれば、すぐに声に出して読める。まずは Bonġu(おはよう)と Grazzi(ありがとう)から。イタリア語を知っている人は、見覚えのある単語にたくさん出会うはずだ。

文法に進むと、語根と「壊れた複数」が待っている。ここはアラビア語やヘブライ語と同じ考え方なので、セム語の入り口としても面白い。ひとつの言語で、ヨーロッパと北アフリカの両方の手ざわりを味わえる。