どこで、誰が話している?
ケチュア語はアンデス山脈の言葉だ。ペルー、ボリビア、エクアドルを中心に、コロンビア、チリ、アルゼンチンの一部でも話される。話し手は合わせて約700万〜800万人とされ、アメリカ大陸の先住民言語ではいちばん大きい。
実際には一つの言語というより、互いに通じにくい変種を含む「ケチュア語族」である。ペルーの2017年国勢調査では、ケチュア語を母語とする人は約374万人、5歳以上の人口の約13.9%だった。話し手自身は Runa Simi(ルナ・シミ)、「人のことば」と呼ぶ。ペルーは1975年、エクアドルとボリビアも2000年代の新しい憲法で公用語に加えた。
どんな音がする?
クスコなど南部の変種では、母音は基本的に a・i・u の3つだけ。そのかわり子音が細かい。「カ」の仲間だけでも、ふつうの k、のどの奥で出す q、息を強く出す kh、息をため込んではじく k' がある。
q の近くでは i と u が「エ」「オ」寄りに聞こえる。だから qusqu(クスコ)は「コスコ」に近い音になる。日本語話者には、k と q を聞き分けるのが最初の壁だ。
どんな文字で書く?
インカ帝国には、ひもの結び目で数や記録を残すキープがあった。ただ、ことばそのものを書き表していたかどうかは、まだ定説がない。
いまはラテン文字で書く。スペイン人が来てから使われはじめ、1560年にはドミンゴ・デ・サント・トマスの文法書が出ている。1975年以降、k と q を書き分ける正書法が整えられたが、母音を3つで書くか5つで書くかの議論はいまも続く。
文法のクセ
語順は日本語と同じ主語・目的語・動詞で、語尾をどんどん足していく。いちばんの特徴は、話の情報源を語尾で言い分けることだ。クスコのケチュア語では、同じ「雨が降っている」でも、自分で見たなら -mi、人から聞いたなら -si、たぶんそうだと推し量るなら -chá をつける。
「わたしたち」も2つある。相手を含む ñuqanchik と、相手を含まない ñuqayku だ。話すたびに「どうやって知ったか」「あなたは入るか」を選ぶことになる。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
ケチュア語はインカ帝国より古く、ペルー中部あたりで生まれたと考えられている。15世紀に広がったインカ帝国が、広い領土をまとめる共通語として使い、アンデスじゅうに行きわたった。
スペインの征服後も、教会は布教にケチュア語を使った。1584年、第3回リマ公会議の決定にもとづいて作られた『ドクトリナ・クリスティアナ』は、ケチュア語とアイマラ語を載せた南米で最初の印刷本である。流れが変わったのは1780年に始まるトゥパク・アマル2世の反乱のあとで、植民地当局はケチュア語の使用を禁じた。英語の condor(コンドル)、puma(ピューマ)、llama(リャマ)、quinoa(キヌア)はケチュア語から来ている。
いま、この言語は
話し手の数は多いが、ユネスコの分類では「脆弱」。都市へ移った家庭ではスペイン語に切り替わりやすく、子どもに受け渡されにくいからだ。地方に話し手が多く、都市では家の外で使う場面が少ない。
一方で、先住民の子どもが通う学校での二言語教育や、ケチュア語のラジオ番組、ケチュア語で歌う音楽など、ことばを外に出す動きもある。
ことばカード
綴りは地域と正書法で揺れがあり、3は kinsa、5は pisqa とも書く。
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずどの変種を学ぶかを決める。旅行者や教材が多いのはクスコ、ボリビアの変種が近い「南部ケチュア語」だ。テキサス大学オースティン校の無料教材 Quechua Tinkuy から始めるのがいい。
文法は、情報源の語尾 -mi/-si/-chá から覚えると面白さがわかる。日本語と語順が同じなので、語尾を積み上げる感覚には意外となじみやすい。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。