どこで、誰が話している?
ロマンシュ語は、スイスの東のはし、グラウビュンデン州の山あいで話されていることばだ。ライン川の源流の谷や、イン川が流れるエンガディン地方など、谷ごとに村が点在している。
おもな言語として話す人は約4万人(2019年)。グラウビュンデン州だけで見ると約2万9,000人で、州の人口の約15%にあたる(2017年)。スイスには国語が4つあり、ドイツ語・フランス語・イタリア語に並ぶ4つめの国語がこのロマンシュ語だ。州ではドイツ語・イタリア語とともに公用語で、ロマンシュ語の地域では学校の授業もこの言語で行われる。
どんな音がする?
ラテン語から生まれたロマンス語のなかまで、フランス語やイタリア語の親戚にあたる。ただ、まわりのドイツ語の影響も長く受けてきたので、単語にも語のつながり方にもドイツ語の色がまじる。
おもしろいのは、ラテン語の「カ」の音が、谷によって「チャ」に近い音に変わったことだ。「家」は、ライン川側のスルシルヴァン語では casa(カザ)なのに、エンガディンのヴァラダー語では chasa(チャザに近い音)になる。ラテン語の u の音も前にずれて、「壁」はプテール語で mür、スルシルヴァン語で mir と言う。
どんな文字で書く?
文字はラテン文字だ。ただし綴りには独特のくせがある。たとえば tg と書いて「チ」に近い音を表す。「した・作った」を意味する fatg がその例だ。エンガディン地方の書き言葉では、ドイツ語のように ü や ö も使う。
そしてこの言語の特徴は、書き言葉が5つあることだ。スルシルヴァン、ストシルヴァン、スルミラン、プテール、ヴァラダー。谷ごとに別々の綴りと文法が育ち、それぞれに本や教科書がある。この言語の名前そのものも、スルシルヴァン語では romontsch、ほかの多くでは rumantsch と書く。
文法のクセ
名詞には男性と女性の2つの性があり、「その」にあたる冠詞は男性なら il、女性なら la になる。複数はたいてい語のおしまいに -s をつける。
スルシルヴァン語には、ほかで見かけない区別がある。形容詞を名詞の前に置くか、「〜は…だ」と述べるかで形が変わるのだ。「よい人」は in bien carstgaun なのに、「その人はよい」は il carstgaun ei buns と、述べるほうに -s がつく。否定のしかたも書き言葉で違い、スルシルヴァン語は動詞のあとに buc を、ヴァラダー語やプテール語は動詞の前に nu を置く。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
はじまりは、紀元前15年にローマがアルプスのラエティア地方を支配したことだ。兵士や役人が持ちこんだ話し言葉のラテン語が、山の谷で長い時間をかけて独自のことばになった。いちばん古い書きものは10〜11世紀のもの。1527年にはジャン・トラヴェルスがプテール語で叙事詩を書き、1552年にはジャキェム・ビフルンの教理問答書が初めての印刷本として出た。
大きな転機は1938年だ。国民投票で、ロマンシュ語をスイスの国語に加える憲法改正が約92%の賛成で可決された。第二次世界大戦の前夜、隣国イタリアがこのことばを「イタリア語の方言」とみなす主張もあったなかで、スイスは多言語の国であることを示した。1996年からは、ロマンシュ語を話す市民とのやりとりでは連邦の公用語としても使われる。
いま、この言語は
ユネスコの危機言語地図では「危険」に分類されている。話し手のほとんどはドイツ語も話し、仕事や進学で村を離れると、ドイツ語で暮らす時間が長くなるからだ。
そこで1982年、言語団体リア・ルマンチャの依頼を受けた言語学者ハインリッヒ・シュミットが、5つの書き言葉の共通部分をもとに統一の書き言葉ルマンチ・グリシュンをまとめた。いまはスイス公共放送のロマンシュ語局RTRのニュースや、日刊紙「ラ・クオティディアナ」でも使われている。ただ、学校でどの書き言葉を教えるかは2000年代から議論が続き、自分の谷の書き言葉に戻した自治体もある。
ことばカード
書き言葉が5つあるので、同じ意味でも谷によって形が変わる。たとえば「5」は、ルマンチ・グリシュンとスルミラン語では tschintg、スルシルヴァン語では tschun、エンガディンのプテール語とヴァラダー語では tschinch だ。下の数字はエンガディン側の数え方。
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずはどの谷のことばを学ぶか決めるのが第一歩だ。広く通じる形を知りたいならルマンチ・グリシュン、旅先の村で話したいならその土地の書き言葉を選ぶ。言語団体リア・ルマンチャのサイトが、学ぶための入り口になる。
耳を慣らすならRTRのニュースがいい。イタリア語に似た響きのなかに、ドイツ語のような語順が顔を出す。その混ざり方こそ、山にかこまれて育ったこの言語らしさだ。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。