ことばKOTOBA
ことばの図鑑 — ノルウェー・スウェーデン・フィンランド北部
Davvisámegiella

北サーミ語——雪のことばを、たくさん持つ北の言語

足あとのない雪にも、きのう降った雪にも、それぞれ名前がある。トナカイと雪原を渡ってきた人びとの言語は、雪を見る目の細かさをそのまま語彙に残している。

2026-10-15 / 言語と物語の図鑑 編集部

どこで
ノルウェー・スウェーデン・フィンランド北部
話し手
約1万5,000〜2万5,000人
系統
ウラル語族(フィンランド語の遠い親戚)
危機度
危険

どこで、誰が話している?

サーミ語は、ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシアの北部にまたがる地域サープミ(Sápmi)で話されてきた言語の一族だ。ひとつの言語ではなく、いまも生きているものだけで9つあり、そのうち8つが自前の書き言葉を持つ。かつて外から「ラップ語」と呼ばれたが、いまはサーミ語と呼ぶ。

そのなかで話し手がいちばん多いのが北サーミ語で、サーミ語を話す人の7割以上を占めるとされる。話し手は約1万5,000〜2万5,000人。多くはノルウェーにいて、スウェーデンに約5,000〜6,000人、フィンランドに約2,000人。ノルウェーでは北部の県と8つの自治体で公用語、フィンランドでは北部のサーミ地域の4自治体で公的な言語、スウェーデンでは国の少数言語のひとつになっている。

どんな音がする?

耳に残るのは、子音の前にそっと息がもれる前気音だ。「ありがとう」の giitu は、綴りには h がないのに「キーフトゥ」のように t の直前で息が抜ける。g も濁らず、日本語の「キ」に近い。

子音には長さが3段階あり、同じ単語でも形が変わると子音の長さが入れかわる。アクセントは単語の最初に来て、強・弱・強・弱と2拍ずつ波打つように進む。

どんな文字で書く?

ラテン文字だが、á・č・đ・ŋ・š・ŧ・ž という見慣れない字が混じる。đ は英語の this の th、ŧ は think の th に近い音だ。ŋ は「ング」の鼻にかかる音を1文字で書く。

いまの正書法は1979年に、ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの3か国共通のものとして決まった(最後の改訂は1985年)。それまでは国ごとに綴り方がばらばらで、国境を越えると同じ言語が別の書き方をされていた。

Bures boahtin「ようこそ」。直訳すると「よい到着」

文法のクセ

フィンランド語やハンガリー語と同じウラル語族で、名詞は7つの格で形を変える。そして「ひとり」「おおぜい」のほかに、「ちょうど2人」を表す双数がある。「私たち2人」「あなたたち2人」で代名詞も動詞も形が変わる。別れのあいさつも、相手がひとりか2人か3人以上かで言い分ける。

もうひとつ面白いのが、「〜しない」が動詞だということ。否定のことばが人称で活用し、「私はしない」なら in、「君はしない」なら it、「彼・彼女はしない」なら ii になる。

この言語でしか言えない言葉

トナカイを連れて雪原を移動する暮らしでは、雪の「固さ」や「トナカイが掘れるか」が生死に関わる。だから雪の状態を言い分けることばが多い。スウェーデンのサーミ博物館アイッテがまとめた一覧には、雪の質だけで数十の語が並ぶ。そのなかから2つ。

Oppas
オッパス
意味動物にも人にも、まだ踏まれていない雪の覆い。足あとひとつない雪面を、ひとことで言う。
Vahca
ヴァフツァ
意味新雪。それも「いちばん最近の降雪で積もった雪」。その下にある、少し前のやわらかい雪とは別の名前で呼ぶ。

歴史をひとことで

サーミ語で書かれた本は17世紀にさかのぼり、1638年と1640年にスウェーデンで出たABCの本が、決まった書き方で書かれた最初の本とも言われる。しかし19世紀から20世紀にかけて、ノルウェーではノルウェー化政策が進み、学校や役所からサーミ語が締め出された。土地を持つにもノルウェー語の読み書きが求められた時代がある。

流れが変わったのは20世紀後半だ。ノルウェーでは1987年にサーミ法が成立し、1989年にサーミ議会が開かれた。フィンランドでも1991年にサーミ語の言語法ができ、1992年に施行された。

いま、この言語は

ユネスコの区分では「危険」。家庭で子どもに伝わらなくなった世代があり、話し手は多くない。それでも、サーミ語で授業をする学校、サーミ語のテレビやラジオ、キーボードや校正ソフトの整備が進んでいる。とくに č や ŧ のような特別な文字は、かつてコンピューターで扱いにくかったが、いまは普通に打てるようになった。

ことばカード

こんにちは
Bures
ブレス
ありがとう
Giitu
キーフトゥ
どういたしまして
Leage buorre
レアゲ・ブオッレ
さようなら(去る人へ)
Mana dearvan
マナ・デアルヴァン
さようなら(残る人へ)
Báze dearvan
バーゼ・デアルヴァン
ようこそ
Bures boahtin
ブレス・ボアフティン
1okta2guokte3golbma4njeallje5vihtta

もし学ぶなら

おすすめの入り口

ノルウェー北部のトロムソ大学(UiT)が作るサーミ語の辞書・校正ツール群 Giellatekno / Divvun は、単語の活用を確かめるのに便利だ。北欧の公共放送にはサーミ語のニュースもあり、短い番組から耳を慣らせる。

最初は giitu と bures、それに á・č・đ・ŋ・š・ŧ・ž の7文字の読み方から。双数と否定動詞は、慣れるとこの言語のいちばん楽しいところになる。