どこで、誰が話している?
ウクライナ語は、ウクライナの国家語だ。母語として話す人は約3,200万人、第二言語として使う人を合わせると約3,900万人になる。ウクライナ国内のほか、ポーランドやカナダ、アメリカなど、移り住んだ人たちの暮らす国でも話されている。
系統はインド・ヨーロッパ語族のスラヴ語派、そのなかの東スラヴ語。ロシア語、ベラルーシ語と同じグループに入る。だから「ロシア語の方言のようなもの」と思われがちだが、中身を並べると、そう単純ではない。
どんな音がする?
ロシア語とのいちばんわかりやすい違いはгの音だ。ロシア語では「ガ」の音だが、ウクライナ語では息を混ぜた「ハ」に近い音になる。「山」を意味する гора は「ホラ」と聞こえる。
もうひとつは、アクセントのない о をはっきり「オ」と読むこと。ロシア語ではアクセントのない о が「ア」に近く弱まるが、ウクライナ語は書いたとおりに発音する。「牛乳」の молоко は、ウクライナ語ではそのまま「モロコ」だ。
母音の и も独特で、日本語の「イ」と「エ」のあいだのような、ゆるんだ音になる。この音が、あとで出てくる「合言葉」の決め手になった。
どんな文字で書く?
書くのはキリル文字で、全部で33文字。ロシア語のアルファベットと似ているが、ウクライナ語にしかない文字がある。ґ(ゲ)とї(イー)だ。さらに є(イェ)と і(イ)も、ロシア語では使わない。逆に、ロシア語の ы・э・ё・ъ はウクライナ語にはない。
ґ には歴史がある。1933年、ロシア化を進める政策のなかでアルファベットから外され、1990年の正書法で戻ってきた。г が「ハ」寄りの音になったぶん、はっきりした「ガ」の音を書くための字だ。ロシア語の ъ(硬音記号)の代わりには、アポストロフィを使う。「名前」は ім'я と書く。
文法のクセ
名詞の形は7つの格で変わる。ロシア語は6つで、ウクライナ語にはもうひとつ、人に呼びかけるときの呼格がある。「お母さん」の мама は、呼びかけると мамо!(マモ)になる。パウロに当たる名前 Павло は、呼ぶときには Павле!(パウレ)だ。名前を呼ぶたびに、語尾が少し変わる。
単語も、ロシア語とかなり違う。「はい」はロシア語の да ではなく так、「いいえ」は нет ではなく ні、「ありがとう」は спасибо ではなく дякую。言語学者コスチャンティン・ティシチェンコの比較では、ウクライナ語と語彙が重なる割合は、ベラルーシ語と約84%、ポーランド語と約70%、ロシア語とは約62%だった。語彙の近さでは、ロシア語よりポーランド語のほうが近い。
この言語でしか言えない言葉
歴史をひとことで
いまの書きことばの出発点とされるのが、1798年に第1部が出版されたイヴァン・コトリャレフスキーの『エネイーダ』だ。ローマの叙事詩『アエネーイス』を、ウクライナの話しことばでおもしろおかしく書き直した詩で、話しことばだけで書かれた最初の文学作品とされる。
そのあと、ロシア帝国は何度もこの言語を押さえこもうとした。1863年のワルーエフ指令は「別の小ロシア語など、あったこともなく、いまもなく、ありえない」とまで書いた。1876年のエムス法は、古い文書の再版を除いてウクライナ語の出版を禁じ、国外からの本の持ちこみや、ウクライナ語での演劇や講演も止めた。
ソ連時代の1989年、ウクライナ語は共和国の国家語になり、1996年の憲法でも国家語と定められた。2019年には、公の場での使用を定める言語法ができている。
いま、この言語は
危機度は「安全」。学校や役所、テレビ、出版で使われる国の言語だ。ただ、長くロシア語と並んで使われてきた国なので、家ではロシア語、外ではウクライナ語という人や、2つを混ぜて話す人も少なくない。
ことばの違いは、地名の書き方にも表れている。首都は、ロシア語読みの「キエフ」ではなく、ウクライナ語に合わせたキーウ(Київ)と書かれることが増え、日本の外務省も2022年3月31日、呼び方を「キーウ」に改めた。
ことばカード
もし学ぶなら
おすすめの入り口
まずはキリル文字の33文字から。英語のアルファベットと形は似ていても読みが違う字(В は「ヴ」、Р は「ル」、Н は「ン」)があるので、そこを最初に押さえると早い。ロシア語を少し知っている人は、г・и・і の読み方の違いでつまずきやすい。
文字を覚えたら、声に出して「паляниця」を言ってみたい。ゆるんだ「и」と、やわらかい「ц」。この1語が言えたら、ウクライナ語の音の芯はもうつかめている。最初のひとことは「ジャークユ」から。
話し手の数は推計で、資料によって幅があります。音声は端末の合成音声で、話者による録音ではありません。