同じ話
神々が人類を滅ぼすと決める。ひとりだけが警告を受ける。船を作り、家族と生き物を乗せる。雨が降る。船は山に着く。鳥を放って陸を探す。生き残った者が神に捧げ物をし、神は二度と洪水を起こさないと約束する。
これはギルガメシュ叙事詩第11書板のウトナピシュティムの話で、旧約聖書のノアの箱舟の話でもある。鳥を放つ順番まで似ている。粘土板は聖書より千年以上古い。
三つの説明
伝播。メソポタミアからヘブライへは、ほぼ確実にこれ。バビロン捕囚の時期にユダヤ人がこの話を知り、自分たちの神の物語として書き直した。インドのマヌの洪水も、西アジアとの往来で入った可能性がある。
実際の記憶。メソポタミアは二つの大河に挟まれた氾濫原で、大洪水は現実に起きた。ウルの発掘では厚い洪水層が見つかっている。「世界が水に沈んだ」は、その土地の人にとって比喩ではなかった。
独立発生。中国の女媧、北欧のユミルの血の洪水、マヤ、北米、オーストラリアにも洪水の話はある。川のそばに住むすべての民族が、大水で村が消える経験をしている。「神が怒って世界を洗い流す」は、誰でも思いつく。
違い
ウトナピシュティムの神々は、人間がうるさいから滅ぼす。ノアの神は、人間が悪いから滅ぼす。マヌは魚を助けた恩で救われる。女媧は洪水を起こす側ではなく、天の穴を石で塞いで止める側だ。
同じ骨格に、その文化が「なぜ災いは起きるのか」に対して持っている答えが入る。気まぐれか、罰か、恩返しか、修理か。
あらすじは各出典の主要な版にもとづく要約です。モチーフによる分類は編集上の整理で、学術的な話型分類とは一致しません。