妻を追って冥界へ。
見てはならないものを、見る。
古事記のイザナギは、死んだイザナミを追って黄泉の国へ下る。「決して私を見ないでください」と言われ、見てしまう。腐り果てた妻の姿に逃げ出し、追われ、大岩で道を塞ぐ。
ギリシアのオルフェウスは、死んだエウリュディケを追って冥界へ下る。「地上に出るまで振り返ってはならない」と言われ、振り返ってしまう。妻は霧のように消える。
8世紀の日本と、紀元前のギリシア。往き来があったとは考えにくい二つの土地で、ほとんど同じ場面が語られている。結末だけが、まるで違う。
イザナギとオルフェウス、二つの「振り返り」 →物語は、
どうやって旅をするのか。
説明はおおむね三つある。
ひとつは伝播。交易路や移住とともに、話が人から人へ運ばれた。洪水神話がメソポタミアから聖書へ入ったのは、ほぼ確実にこれだ。
ひとつは共通の祖先。インドとギリシアと北欧の神話が似ているのは、同じ印欧語族の祖先が持っていた物語を、それぞれが受け継いだから。
もうひとつは独立発生。人間の脳と暮らしが同じなら、似た話は別々に生まれる。「太陽が隠れて世界が暗くなる」は、冬と日食を知るすべての民族が思いつく。
どれかひとつが正しいのではなく、物語ごとに配合が違う。この図鑑は、その配合を考えるための道具。
712年、
ひとりの語りを書き留めた本。
古事記は、稗田阿礼が暗誦していた伝承を、太安万侶が漢字で書き起こした本。上巻が神代、中巻が神武から応神、下巻が仁徳から推古まで。
上巻だけで、国生み、黄泉の国、天岩戸、八岐大蛇、因幡の白兎、海幸山幸と、後の日本の物語の型がほとんど出そろう。
この図鑑では古事記の各段を、それぞれ世界の似た物語のとなりに置く。国生みの隣に盤古とランギ・パパ。天岩戸の隣にデメテルとワタリガラス。
古事記とは、どんな本か →太陽が隠れる日。
天岩戸 ── 日本
スサノオの乱暴に怒ったアマテラスが岩屋に籠もり、世界は闇に。
神々は岩戸の前で宴を開き、アメノウズメが踊り、どっと笑う。何事かと戸を開けた太陽を、力自慢の神が引き出す。
デメテル ── ギリシア
娘ペルセポネを冥王にさらわれた豊穣の女神が嘆き、大地は実らなくなる。
老女バウボが卑猥な踊りで女神を笑わせ、ようやく女神は食事をとる。笑いが、世界を戻す。
籠もる女神。笑わせる踊り。太陽と豊穣の違いはあるが、「笑い」が鍵になる点まで同じ。
太陽が隠れる日 →同じモチーフでつないで、読む。
物語を10のモチーフで結んでいる。ひとつ選ぶと、その線でつながる物語だけが並ぶ。