最後の話し手は、名前がわかっている
2008年1月21日、アラスカのアンカレッジでマリー・スミス・ジョーンズが約89歳で亡くなった。エヤック語を母語として話す、最後の一人だった。2022年2月16日には、チリ最南端のヤガン語の最後の母語話者クリスティーナ・カルデロンが約93歳で亡くなっている。
言語の消滅は、こうして日付と名前で語られることが多い。だが、最後の一人が亡くなった日は、実は終わりの確認にすぎない。言語が消えるかどうかは、もっと前、数十年前のある台所で決まっている。
決め手は「子どもに渡るか」
ユネスコの専門家グループは2003年、言語の危機を測る9つの指標をまとめた。いちばん重く見られているのが世代間の継承、つまり親が子に言語を渡しているかどうかである。話し手が何万人いても、子どもが覚えていなければ、その言語は年をとるだけだ。
| 段階 | いちばん若い話し手 |
|---|---|
| 安全(5) | 子どもを含むすべての世代が話す |
| 脆弱(4) | 多くの子どもが話すが、家庭など場面が限られる |
| 危険(3) | 親の世代。子どもは家庭で母語として覚えていない |
| 重大な危機(2) | 祖父母の世代。親は聞けても子に話さない |
| 極めて深刻(1) | 曽祖父母の世代。日常では使われない |
| 消滅(0) | 話せる人も、覚えている人もいない |
表を上から下へたどると、言語が消える道筋がそのまま見える。数字が一つ下がるたびに、話し手の最年少が一世代ずつ上がっていく。
消え方には、よくある順番がある
多くの場合、言語は禁止や災害で一度に消えるのではない。まず、学校・役所・仕事など「外」の場面が別の言語に置き換わる。次に親が、子どもの将来を考えて家でも優勢な言語を選ぶ。ユネスコの定義には、親が昔の言語で話しかけても子どもはその言語で返事をしなくなるという段階がわざわざ書かれている。聞けるが話さない世代が一つ挟まると、その次の世代には届かない。
ユネスコの同じ報告は、世界の人口の約97%が世界の言語の約4%を話し、逆に言語の約96%は人口の約3%に話されていると紹介する。言語の多様性の大半は、ごく少数の人が預かっているわけだ。エヤック語の記録に取り組んだ言語学者マイケル・クラウスは1992年、このままでは今世紀のうちに人類の言語の約90%が消えるか、消える運命になるという見通しを示した。
外からの圧力は、はっきりした形をとることもある。ハワイでは1896年の法律で学校でのハワイ語の授業が事実上禁じられ、1983年ごろには話せる人が約2,000人、18歳未満は約50人にまで減った。
戻ってくる言語もある
ただ、表の数字は下がる一方ではない。ハワイでは1983年に教育者たちが団体をつくり、1984年にカウアイ島でハワイ語だけで過ごす幼児教育プーナナ・レオを開いた。当時の法の下では認められていない形での出発だった。禁止が解かれたのは1986年である。
マオリ語の幼児教育コーハンガ・レオを手本の一つにしたこの「言語の巣」の方式は、各地の先住民の言語復興の手本になった。くわしくはハワイ語の図鑑にもまとめている。復興の鍵もまた、消滅の鍵と同じ場所にある。子どもに、もう一度渡すことだ。
で、日本語はどうか
日本も無関係ではない。ユネスコが2009年に公開した『消滅の危機にある世界の言語地図』には、日本の8つの言語・方言が載った。
| 区分 | 言語・方言 |
|---|---|
| 極めて深刻 | アイヌ語 |
| 重大な危機 | 八重山語・与那国語 |
| 危険 | 八丈語・奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語 |
文化庁は、国内での一般的な呼び方では「八重山方言」「与那国方言」などになると注記している。どこまでを言語と呼ぶかは「方言」と「言語」の境目の話につながるが、危機の中身は呼び名で変わらない。祖父母は話し、孫は話さない——その構図は、与那国でも沖縄でも、表の「3」や「2」の行と重なっている。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。