同じ「マ」が、母にも馬にもなる
中国語(北京語)で「ma」と言うとき、声の高さの動かし方で意味が変わる。高く平らなmā(妈・母)、上がるmá(麻)、いったん下がってから上がるmǎ(马・馬)、急に下がるmà(骂・ののしる)。さらに軽く短く添えるma(吗)は、文末について疑問をつくる助詞である。
このように、音の高さ(ピッチ)の違いで単語の意味を区別するしくみを声調(トーン)と呼ぶ。「ママが馬をしかる」を意味する māma mà mǎ という早口言葉があるくらいで、中国語の話し手にとって声調は、母音や子音と同じ重さを持つ区別だ。
世界の言語の約4割は、声調を持つ
声調は珍しいものではない。WALS(世界言語構造地図)で Ian Maddieson が約527の言語を調べたところ、声調のない言語が約307、単純な声調を持つ言語が約132、複雑な声調を持つ言語が約88だった。調べた言語の約42%が声調言語ということになる。
分布には偏りがある。アフリカの言語はほぼすべてが声調を持ち、その多くは単純な型だ。一方、複雑な声調は東アジアから東南アジアにかけて集中している。ヨーロッパの言語の多くには声調がないため、英語や日本語の話し手からは特別なものに見えやすい。
声調の数は、3つから6つ以上まで
声調言語といっても、区別する高さの型の数はさまざまである。
| 言語 | 声調の数 | メモ |
|---|---|---|
| ヨルバ語 | 3 | 高・中・低の3段 |
| 中国語(北京語) | 4 | ほかに軽く短い「軽声」がある |
| タイ語 | 5 | 中・低・下降・高・上昇 |
| ベトナム語 | 6 | ハノイなど北部の場合。南部では5つ |
| 広東語 | 6(数え方で9) | -p・-t・-k で終わる音節の調を別に数えると9 |
広東語が「6つとも9つとも」言われるのは、-p・-t・-k で終わる短い音節の3つの調(入声)を別に数えるかどうかの差だ。高さの型としては6つにまとまるので、いまの研究者の多くは6とする。言語の数と同じく、ここでも数え方が数字を決めている。
ナイジェリアのヨルバ語には、声調があるからこそ成り立つ楽器がある。ドゥンドゥンと呼ばれるトーキングドラムは、胴を締める紐を脇でしぼって皮の張りを変え、高・中・低の声調をなぞる。2021年に発表された音響研究は、太鼓の音の高さが話し声の声調とよく対応していることを確かめている。
声調は、消えた子音から生まれる
声調はどこから来るのか。有名なのがベトナム語の例で、フランスの言語学者アンドレ=ジョルジュ・オドリクールが1954年に示した説明である。古いベトナム語には声調がなく、そのかわり音節の末尾に -h や声門閉鎖音 -ʔ があった。これらが弱まって消えるとき、名残が音の高さとして残った。-ʔ で終わっていた語は上がる調に、-h の語は下がる調になった、という。この変化は約6世紀ごろ、遅くとも8世紀ごろに起きたとされる。
こうして子音の区別が高さの区別に置きかわる現象を声調発生(トノジェネシス)と呼ぶ。逆に、声調を手放した言語もある。スワヒリ語の図鑑で書いたとおり、スワヒリ語はバントゥー諸語のなかでは珍しく声調を持たない。ズールー語をはじめ、同じ仲間の多くが声調言語であるのとは対照的だ。
で、日本語はどうか
日本語は声調言語ではないが、音の高さで単語を区別することはある。東京のことばでは、「箸が」はハ↘シガ、「橋が」はハシ↘ガ、「端が」はハシガと、どこで高さが下がるかで3つを言い分ける。これを高低アクセント(ピッチアクセント)と呼ぶ。中国語の声調が音節ごとに型を持つのに対し、日本語は単語のどこで下がるか(下がらないか)を覚えればよい。そこが大きな違いである。
しかも、日本語のなかでもアクセントのしくみは地域で大きく違う。京都・大阪の京阪式は、下がる位置に加えて「高く始まるか、低く始まるか」も区別する。鹿児島県の多くの地域は、型が2つしかない二型アクセントだ。そして南東北から北関東、宮崎県などには、高さで単語を区別しない無アクセントの方言もある。そこでは「橋」と「箸」を高さでは言い分けない。
ほかの言語が「ありがとう」をどんな高さで言うのかは、索引や星図で実際に聴きくらべてみてほしい。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。