物語の図鑑 — 日本
黄泉の国

よみのくに

死んだ妻を追って冥界へ下ったイザナギは、「見てはならない」と言われた姿を見てしまう。

古事記 上巻 / 712年成立

どこの話
日本
出典
古事記 上巻
時代
712年成立
モチーフ
冥界下り

あらすじ

火の神を生んだときの火傷でイザナミは死に、出雲と伯耆の境の山に葬られた。イザナギは妻を諦めきれず、黄泉の国まで追っていく。

戸の前でイザナミが出てくる。「あなたが来るのが遅かった。私はもう黄泉の国の食べ物を食べてしまった。それでも帰りたいので、黄泉の神に相談してくる。その間、決して私を見ないでください」。

待ちきれなくなったイザナギは、櫛の歯を一本折って火を灯し、中を覗く。そこにいたのは、蛆がたかり、身体の各所に八つの雷神が生じた妻の姿だった。イザナギは逃げる。イザナミは「私に恥をかかせた」と、黄泉の醜女、雷神、千五百の軍勢を差し向ける。

イザナギは髪飾りを投げると山葡萄に、櫛を投げると筍になり、追手がそれを食べている間に逃げる。黄泉比良坂の麓にあった桃の実を投げると、追手は退く。最後にイザナミ自身が追ってきたところで、千人がかりで動かす大岩で坂を塞ぐ。

岩を挟んで、二人は別れの言葉を交わす。イザナミ「あなたの国の人を、一日に千人絞め殺します」。イザナギ「ならば私は、一日に千五百の産屋を建てよう」。それ以来、一日に千人が死に、千五百人が生まれる。

読みどころ

「見るな」と言われて見る。この禁止と違反の型は、鶴の恩返しにも、浦島太郎の玉手箱にも、ギリシアのプシュケにも、旧約のロトの妻にもある。禁止は必ず破られる。破られなければ物語は進まない。

特徴的なのは結末。オルフェウスは妻を失って嘆くだけだが、イザナギは大岩で道を塞ぎ、死との境界を確定させ、その上で「一日に千五百人生まれる」という条件を勝ち取る。人が死ぬ理由と、それでも人が増える理由が、夫婦喧嘩の口約束として決まる。

そして帰ったイザナギは「汚い国に行ってしまった」と言って川で身を洗い、その禊からアマテラス、ツクヨミ、スサノオが生まれる。冥界下りは失敗だったが、失敗の後始末から日本神話の主役たちが生まれる。

吾をな視たまひそ古事記 上巻

世界の似た物語

「振り返るな」型の冥界下りで最も有名なのはオルフェウス。シュメールのイナンナは自分が冥界で殺され、身代わりを差し出して帰る。マヤのポポル・ヴフでは双子が冥界の神々に球技で挑む。詳しくは「イザナギとオルフェウス、二つの『振り返り』」で。

あらすじは「古事記 上巻」の主要な版にもとづく要約です。伝承には多くの異伝があり、ここに載せた筋はそのひとつです。