混ぜて話すのは、どちらも中途半端だからか
スペイン語で話しはじめた文が、途中から英語になる。タガログ語の文に、英語の単語がするりと入る。ふたつ以上の言語を使う人どうしの会話では、ごく普通に起きることだ。これをコードスイッチングと呼ぶ。「コード」は言語や方言のことで、会話の相手や場面に応じて、あるいはひとつの発話の中で、それを切り替えることを指す。
この用語が活字に現れたのは、確認できるかぎり1953年、言語学者ロマーン・ヤーコブソンの文章が最初とされる。1950年代には、混ぜて話すのは標準から外れた話し方だと考える研究者が多かった。どちらの言語も十分でないから混ざる、という見方である。だが1980年代以降、この見方は逆転していく。
上手な人ほど、文の途中で切り替える
転機になった研究のひとつが、シャナ・ポプラックが1980年に発表した論文だ。題名そのものが実例になっている。Sometimes I'll start a sentence in Spanish y termino en español(ときどきスペイン語で文を始めて、スペイン語で終える)。前半が英語、後半がスペイン語で、言っている中身と実際の言語がずれているところまで含めて、話者のことばをそのまま題にしている。
ポプラックはニューヨークのプエルトリコ系の人びとの会話を調べ、切り替えを3つに分けた。
| 型 | どこで切り替えるか | 例 |
|---|---|---|
| 文と文のあいだ | ひとつの文を言い終えてから、次の文を別の言語で言う | スペイン語の文。つづけて英語の文。 |
| 文の中 | ひとつの文の途中で言語が替わる | La onda is to fight y jambar. |
| 付け足し | 文の端に、別の言語の短い決まり文句を足す | スペイン語の文+ , you know. |
結果は、当時の見方と反対だった。両方の言語をよく使いこなす人は文の中のさまざまな境目で切り替え、片方が弱い人は文と文のあいだでの切り替えに寄っていた。文の途中で替えるには、切り替えた前後がどちらの文法から見てもおかしくない場所を選ばなければならない。混ぜることは、ふたつの文法を同時に守る作業だったわけだ。
切り替えには理由がある
では、なぜ切り替えるのか。1972年、ブロムとガンパーズはノルウェー北部の町ヘムネスベルゲットを調べた。住民の多くは土地の方言ラーナモールを母語とし、学校教育は標準語のブークモールで行われる。役場の窓口では、用件は標準語で話し、家族の近況に話が移ると方言に替わった。場面や話題が変わると言語も替わる。これを状況的な切り替えという。
もうひとつは、場面が同じなのに話し手があえて替える場合で、隠喩的な切り替えと呼ばれる。親しさを出す、距離を置く、話に重みをつける。切り替えそのものが意味を運んでいる。ノルウェー語の例が示すように、これは「外国語」どうしに限った話ではなく、方言と標準語のあいだでも起きる。
借用語とも、混合言語とも違う
似た現象との境目も見ておきたい。借用語は、よその言語の単語がその言語の語彙に入ったもので、片方の言語しか話せない人も使う。日本語の「パン」を言うのにポルトガル語の知識はいらない。コードスイッチングは、両方を話せる人が、その場の発話の中で行うものだ。
混ぜ方に名前がつくこともある。フィリピンのタガログ語と英語のタグリッシュ、インドのヒンディー語と英語のヒングリッシュがそうだ。タグリッシュでは Magda-drive(運転するつもりだ)のように、英語の語にタガログ語の接辞がつく。ヒングリッシュの例としてよく引かれるのは Life ko face kiijiye with himmat and faith in yourself(勇気と自信をもって人生に向き合いなさい)。骨組みはヒンディー語で、そこに英語がはまっている。フィリピノ語の図鑑とヒンディー語の図鑑もあわせて読んでほしい。
混ぜ方が固まって、ひとつの言語になった例もある。エクアドルのメディア・レングアは、文法がケチュア語(キチュワ語)で、語彙の約89%がスペイン語に由来する。1970年代にオランダの言語学者ピーテル・ムイスケンが記録した。話すたびに切り替えているのではなく、混ざった形そのものが決まった体系になっている点で、コードスイッチングとは区別される。文法の側についてはケチュア語の図鑑に書いた。
で、日本語はどうか
日本語と英語は語順が大きく違う。語順の違う言語のあいだでは文の中の切り替えは起きにくい、と考えられた時期もあった。だがミワ・ニシムラ(Miwa Nishimura)は、カナダ・トロントの日系二世の会話を集めた1997年の著書で、日本語と英語のあいだでも切り替えがふつうに起きていることを示した。
もっと身近な例もある。地元では土地のことばで話し、改まった場では共通語に替える。電話に出たとたんに声と言い回しが変わる。ヘムネスベルゲットの役場で起きていたのと同じ種類の切り替えだ。ふたつの「外国語」を話せなくても、わたしたちの多くは、すでにコードを切り替えながら暮らしている。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。