書き言葉を持つ言語は、半分をすこし超える程度
言語のカタログ『Ethnologue』(第28版)は、いま話されている言語を約7,170と数える。そのうち「整った書き方(developed writing system)」を持つとされるのは約4,153。残りの約3,000の言語には、決まった書き方がない。
しかもこの約4,153という数字は、「文字で書く方法が用意されている」というだけで、話し手がふだん読み書きに使っているとは限らない。Ethnologue自身も、その書き方が広く使われているかはわからない場合がある、と断っている。日本語の話し手の感覚では「言語には文字があるもの」だが、世界を見わたすと、文字を持たない言語はいまも少数派どころではない。
文字は、人類史でたった4回しか発明されていない
話しことばの歴史にくらべて、文字の歴史はずっと短い。ゼロから文字が生まれた場所として広く認められているのは、次の4か所だけだ。
| 場所 | 時期(約) | 代表的な文字 |
|---|---|---|
| メソポタミア | 前3400〜前3100年 | 楔形文字 |
| エジプト | 前3250年 | ヒエログリフ |
| 中国 | 前1250年より前 | 甲骨文字(漢字の祖先) |
| メソアメリカ | 紀元1年より前 | マヤ文字など |
ほかの文字の多くは、この4つのどれかを借りたり、まねたりして生まれた。つまり大半の言語は、自分で文字を生んだのではなく、どこかから文字を「もらって」書けるようになった。まだもらっていない言語があっても、ふしぎではない。
文字を字の読めない人が発明した例——チェロキー文字
文字の「もらい方」にもいろいろある。北米のチェロキー語の文字は、チェロキーの男性セクウォイアが1810年代から1820年代はじめにかけてひとりで作った。おどろくのは、彼自身はそれまでどの言語の読み書きもできなかったことだ。
アルファベットのように1音ずつ書くのではなく、「ツァ」「ラ」「ギ」のように音節ごとに1字をあてる音節文字で、字の数は約85。覚えやすさもあって一気に広まり、約1825年には、チェロキーの人びとの大半が読み書きできるようになっていたという。1828年には、この文字で印刷する新聞『チェロキー・フェニックス』も創刊された。見出しの ᏣᎳᎩ(ツァラギ)は、チェロキー語で「チェロキー」を意味する。
いっぽうハワイ語は、外から来た人が書き方を作った例だ。アメリカの宣教師たちがラテン文字で表記を整え、1826年に整理された。いまのハワイ語のアルファベットは、母音5つと子音8つの13文字である。
文字がないことは、ことばが貧しいことではない
文字を持たない言語にも、長い物語や歌はある。ただ、それは人から人へ声で渡される。アイヌ語には、カムイ(神)が一人称で語る叙事詩カムイユカラなどの口承文学が豊かに伝わっていた。
それを文字に移したひとりが、知里幸恵だ。1923年に出た『アイヌ神謡集』で、彼女はアイヌ語をローマ字で書き起こし、その横に日本語訳をつけた。完成させた夜に、19歳で亡くなっている。この本は、いまもカムイユカラを知るためのもっとも重要な資料とされる。
文字は、話し手が少なくなったことばを残すための道具になる。ただし残るのは声の一部で、節まわしや語り手の間合いまでは写せない。書くことと、話し続けることは、別の仕事である。
で、日本語はどうか
日本語も、もともとは自前の文字を持たない言語だった。書けるようになったのは、朝鮮半島の百済を経由して中国語の漢字が伝わってからだとされる。
そこで工夫されたのが万葉仮名だ。漢字の意味を捨てて音だけを借り、「やま」を「也麻」のように書く。遅くとも7世紀なかばには使われていて、名前は759年以降にまとめられた『万葉集』に由来する。やがてここから、ひらがなとカタカナが生まれた。
いま日本語の話し手があたりまえに使っている文字も、よそから借りて約1,300年かけて自分の形にしたものだ。世界の約3,000の言語は、その「借りる」前の段階にいる、とも言える。どの言語がどんな文字で書かれているかは、ことばの図鑑でひとつずつ見られる。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。