文字の「誕生日」がわかることは、めったにない
ほとんどの文字には作者がいない。漢字もアルファベットも、何百年、何千年もかけて少しずつ形を変えてきたもので、「この人がこの年に作った」とは言えない。日本語のかなも、万葉仮名から長い時間をかけて生まれたものだ。
ところが、ごく少数ながら、作った人と年がはっきりしている文字がある。その代表が朝鮮語のハングルと、北米のチェロキー文字である。片方は王が学者たちと作り、もう片方は読み書きのできなかった銀細工師がひとりで作った。出発点はまるで違うのに、どちらも「話していることばを、そのまま書けるようにしたい」という同じ動機から生まれている。
ハングル——王がつくり、日付まで記念される文字
ハングルは、朝鮮王朝の第4代王・世宗が作った文字だ。1443年の暮れにはほぼ完成した形で宮廷に示され、1446年に『訓民正音』(「民を教える正しい音」の意)として公布された。いま韓国では10月9日がハングルの日で、この公布を記念している(正確な公布日は確かではなく、10月9日は推定にもとづく)。北朝鮮は1月15日を記念日にしている。
ハングルのおもしろさは、字の形に理屈があることだ。基本の子音5字は、その音を出すときの口や舌の形をかたどっている。
| 字 | 音 | かたどったもの |
|---|---|---|
| ㄱ | k/g | 舌の奥が上あごに触れる形 |
| ㄴ | n | 舌先が歯ぐきに触れる形 |
| ㅁ | m | 口の形 |
| ㅅ | s | 歯の形 |
| ㅇ | (ng) | のどの形 |
母音は、天をあらわす点、地をあらわす横棒、人をあらわす縦棒の3つを組み合わせて作られた。公布時は28字、いまの正書法の基本字は24字である。この設計を王みずから説明した解説書『訓民正音解例本』は16世紀ごろに失われ、1940年に安東で再発見された。1997年にはユネスコの「世界の記憶」に登録されている。ハングルがその後どうやって漢字に代わる文字になったかは、漢字を手放した国々の回と韓国語の図鑑に書いた。
チェロキー文字——読み書きできない人が、ひとりで作った
チェロキー文字を作ったのはセクウォイア(シクウォイア)という人である。約1770年に生まれ、銀細工や鍛冶で暮らしていた。英語は読めず、どの言語の文字も読み書きできなかった。それでも白人が紙に書いたしるしで言葉を伝えるのを見て、チェロキー語にも同じことができるはずだと考えた。
約1809年に取りかかり、はじめは1語に1つの絵を当てる方式を試したが、数が多すぎてあきらめる。そこで音節に1字を当てる方式に切り替え、1821年ごろに86字の音節文字を完成させた(のちに1字が省かれ、いまは85字)。最初に覚えたのは約6歳の娘アヨカで、疑う長老たちに文字の力を示す役にも立ったという。
広まり方は速かった。チェロキー・ネーションは1825年にこの文字を正式に採用し、1828年には英語とチェロキー文字を併記した新聞『チェロキー・フェニックス』が創刊された。1830年ごろには、チェロキーの人びとの約90%が自分たちの言語で読み書きできたともいわれる。英語の読み書きに2年かかるところを、数週間で覚えられたという同時代の証言もある。くわしくはチェロキー語の図鑑へ。
ひとつの発明が、ほかの文字を呼ぶ
チェロキー文字の成功は、ほかの土地にも影響した。セクウォイアの例に刺激を受けて作られた文字は、アフリカ、アジア、北米で21種にのぼり、65以上の言語を書くのに使われたとされる。
カナダの先住民音節文字もそのひとつに数えられることがある。宣教師ジェームズ・エヴァンズが1840年、クリー語とオジブウェー語のために作った文字で、同じ形を回転させて母音をあらわす。たとえば ᐱ(pi)・ᐯ(pe)・ᐸ(pa)・ᐳ(po)は、ひとつの形の向きを変えただけだ。1856年にはイヌクティトゥット語向けに手直しされ、いまもカナダ北部で使われている(イヌクティトゥット語の図鑑)。
で、日本語はどうか
日本語のかなは、作った人と年がわからない側の文字だ。「空海がいろは歌を作った」といった言い伝えはあるが、かなそのものは多くの人が漢字を崩したり一部を取ったりするうちに、自然に形になっていった。だからこそ、ハングルとチェロキー文字は対照的に見える。ひとつは学者を集めた国家事業、ひとつは個人の十数年の試行錯誤。どちらも「文字は自然に生えてくるもの」ではなく、だれかが設計できるものだと示した。
そして設計された文字は、覚えやすい。ハングルもチェロキー文字も、作られてから短いあいだに読み書きできる人を一気に増やした。索引の日本語や、文字の5つの型の回と並べて読むと、「音節に1字」「音素に1字」という型の違いも見えてくる。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。