母音は、いくつあれば足りるのか
日本語の母音は「ア・イ・ウ・エ・オ」の5つだ。あまりに当たり前なので、どの言語もだいたい5つだろうと思いがちである。ところがグリーンランド語の母音は i・u・a の3つしかない。反対に、デンマーク語は母音の音色だけで約20を区別する。同じ「母音」でも、言語ごとに持ち数は数倍違う。
ここで数えるのは、意味を区別する母音の「音色」(音素)である。「ア」と「アー」のような長さの違いは、いったん別に考える。
世界の約半分は、5つか6つ
言語学者イアン・マディソンは『世界言語構造地図(WALS)』で、約564言語の母音の音色の数をくらべた。
| 母音の数 | 言語数 | 割合 |
|---|---|---|
| 少ない(2〜4) | 約93 | 約16% |
| ふつう(5〜6) | 約287 | 約51% |
| 多い(7〜14) | 約184 | 約33% |
いちばん多いのは、ちょうど5つの言語で約188、全体の3分の1を少し超える。スペイン語の i・e・a・o・u がその典型だ。日本語の5母音は、世界で見てもいちばん「よくある」形なのである。
地域の偏りもある。母音の少ない言語はアメリカ大陸とオーストラリアに多く、多い言語はアフリカの中央部やヨーロッパ、東南アジアに多い。ちなみにマディソンは、子音の数と母音の数には関係がまったく見られなかったと書いている。子音が多い言語が母音を減らして釣り合いをとる、ということはないらしい。
3つで話す言語
ほとんどすべての言語は、少なくとも3つの母音を持つ。その3つはたいてい i・a・u、つまり口の前で狭い音、大きく開く音、奥で狭い音だ。古典アラビア語、イヌクティトゥット語、グリーンランド語がこの型である。
3つしかないといっても、聞こえる音が3つというわけではない。グリーンランド語では、のどの奥で出す子音 q・r の前で i が「エ」に、u が「オ」に近づく。正書法もそれに合わせて e・o と書く。ケチュア語(南部ケチュア語)も同じで、e・o は q の隣に予測どおり現れる i・u の変種にすぎない。だから本来の語には e・o の字を使わない。「エ」は聞こえても、話し手の頭の中では「イ」なのだ。
さらに少ない例として、オーストラリアのアランテ語やコーカサスのチェルケス語などには、母音を2つとみる分析もある。WALSの約564言語でも、2母音の言語は4つあった。
20を超える言語
多い側の代表はゲルマン系の言語だ。WALSでいちばん多かったのはドイツ語の14で、イギリス英語が13で続く。bit・beat・bet・bat・but が全部違う母音であることを思えば、英語の多さも納得がいく。
デンマーク語はさらに多い。音色は約20、短母音約14と長母音約12を合わせて約26の母音音素があるとされる。長母音にはstød と呼ばれる声のきしみが乗ることがあり、強勢のある音節ではそれを含めて約30の母音を聞き分けるという。フランス語も、口の母音約11に鼻母音約4が加わる。
ただし「いちばん多い言語」を決めるのは難しい。長さや鼻音化、声の質まで数えるかどうかで、答えが変わるからだ。音色だけで見れば、10を大きく超える言語は多くない。
で、日本語はどうか
日本語は音色が5つで、そのそれぞれに長短がある。「おばさん」と「おばあさん」は、母音の長さだけで意味が変わる。ハワイ語も同じく5つの母音に長短があり、長母音には ā のような横棒(カハコー)をつけて書き分ける。
日本列島の中にも違いはある。沖縄語では、日本語の「エ」が「イ」に、「オ」が「ウ」に対応することが多い。「雨」は ami、「心」は kukuru だ。短い e・o は固有の語にはわずかしか出てこない。同じ祖先から分かれた言語でも、母音の数え方はずれていく。ほかの言語の音のしくみは、索引からたどってみてほしい。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。