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ことばのはなし — 歴史
a-to-ro-qo

読めなくなった文字を読む——ヒエログリフと線文字Bの解読

文字は残っても、読み方が失われることがある。石碑の対訳、子孫の言語、地名という3つの手がかりで、ヒエログリフと線文字Bはふたたび読めるようになった。

2026-10-16 / 言語と物語の図鑑 編集部

約1,400年、誰も読めなかった

古代エジプトのヒエログリフは、約3,500年にわたって使われた文字である。ところが、いまわかっている最後のヒエログリフの碑文は、ナイル川上流のフィラエ神殿に刻まれた 394年8月24日 の落書きだ。そのあと読み書きできる人はいなくなり、19世紀まで約1,400年、誰も読めない文字になった。

文字が読めなくなるのに、文字そのものが消える必要はない。神殿の壁にも石碑にも、ヒエログリフはずっと残っていた。失われたのは「この形はこの音・この意味」という約束のほうである。解読とは、その約束を外から推理して取り戻す作業だ。

ロゼッタ・ストーン——同じ文を3種類で

手がかりは1799年、ナポレオンのエジプト遠征中に、フランス兵がナイル河口近くのロゼッタ(ラシード)で見つけた石碑だった。刻まれていたのは 紀元前196年、プトレマイオス5世の時代に出された1つの布告。それがヒエログリフ、デモティック(民衆文字)、ギリシャ文字の3種類で書かれていた。

ギリシャ語の部分は読める。ならば残り2つは、同じ内容を別の文字で書いたものだ。イギリスのトマス・ヤングが先にデモティックの読み取りを進め、1822年、フランスのジャン=フランソワ・シャンポリオンがヒエログリフの仕組みを解いた。

決め手はコプト語だった。コプト語は古代エジプト語の最後の段階で、ギリシャ文字をもとにした文字で書かれる。エジプトの日常語はのちにアラビア語に置き換わったが、コプト語は教会の言葉として残っていた。シャンポリオンはこれを学んでいたので、ヒエログリフの音を当てはめたとき、出てきた語が「エジプト語として意味が通るか」を確かめられたのである。

線文字B——言語の見当すらなかった

もうひとつの有名な解読は、ギリシャのクレタ島から出た線文字Bである。1900年からクノッソスを発掘したアーサー・エヴァンズが、大量の粘土板を掘り出した。ただしロゼッタ・ストーンのような対訳はない。何語を書いた文字なのかも、わかっていなかった。

道を開いたのはアメリカのアリス・コーバーだ。彼女は、同じ語の末尾が規則的に入れ替わることに気づき、語形変化のある言語だと示した。そこからイギリスの建築家マイケル・ヴェントリスが、音節の表を組み立てていく。クレタの粘土板にしか出てこない語を「地名」と仮定して音を当てると、アムニソスやクノッソスの名前が浮かび上がった。

1952年7月1日、ヴェントリスはBBCのラジオで、線文字Bはギリシャ語だと発表した。それまで有力だったのは「ギリシャ語ではない」という見方で、ヴェントリス自身もエトルリア語に近いと考えていた時期がある。記録されていたのは、ホメロスより数百年古いミケーネ時代のギリシャ語だった。

解読に必要なもの

ふたつの例を並べると、解読に効く手がかりが見えてくる。

文字対訳手がかりになった言語解読
ヒエログリフあり(ロゼッタ・ストーン)コプト語1822年
古代ペルシア楔形文字あり(ベヒストゥン碑文)古代ペルシア語の王名1830年代
線文字Bなしギリシャ語(地名から)1952年

楔形文字では、イランの崖に刻まれたベヒストゥン碑文が同じ役を果たした。古代ペルシア語・エラム語・バビロニア語の3つで同じ文が書かれ、ヘンリー・ローリンソンがペルシア語の祖先にあたる部分から読み進めた。1857年には、王立アジア協会が4人の学者に同じ碑文を別々に訳させ、結果がほぼ一致したことで解読が認められた。

逆に、対訳がなく、子孫の言語も見当がつかず、文章も短い文字は、いまも読めない。クレタの線文字A、インダス文字、イースター島のロンゴロンゴがそうだ。線文字Aは線文字Bと似た記号が多く、音はある程度推測できる。それでも、出てくる語がどの言語にも合わない。

で、日本語はどうか

ヒエログリフは、意味を表す字と音を表す字を混ぜて書く文字だった。日本語の漢字かな交じり文も、同じ型に入る(文字の5つの型)。シャンポリオンの発見の要は、ヒエログリフが「絵の文字」だけではなく、音も書いていると見抜いたことにあった。

線文字Bは、子音と母音をひと組にした音節文字で、かなに近い。そのため子音が続く語は書きにくい。「人間」を意味するギリシャ語 anthrōpos は a-to-ro-qo と書かれ、n も語末の s も省かれた。英語の truck を「トラック」と書くとき、日本語が母音を足して音節に収めるのと、向きは違うが同じ悩みである。

文字は石に残っても、読み方は人の中にしか残らない。解読は、消えた読み手を推理で呼び戻す仕事だ。ヒエログリフと線文字Bの解読
出典・参考:Wikipedia: Rosetta Stone / Wikipedia: Graffito of Esmet-Akhom / Wikipedia: Linear B / Wikipedia: Michael Ventris / University of Cambridge: Michael Ventris(Mycenaean Epigraphy Group) / Wikipedia: Behistun Inscription / Wikipedia: Linear A / Wikipedia: Undeciphered writing systems
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。