「姓が先」はアジアだけの習慣ではない
山田春夫を英語で書くと Haruo Yamada か、Yamada Haruo か。日本では長く前者が多かったが、2020年1月1日から、政府の公用文では原則として後者になった。日本語の語順そのままに、姓を先に置くやり方である。
姓が先の国というと東アジアを思い浮かべるが、それだけではない。中国、台湾、日本、韓国、ベトナムのほか、カンボジアのクメール人、インド南部などの一部の人びと、ウガンダやルワンダでも姓を先に言う形がよく使われる。そしてヨーロッパにも1国ある。ハンガリーだ。
ヨーロッパでただひとつ——ハンガリーの「バルトーク・ベーラ」
作曲家のバルトークは、ハンガリー語ではBartók Bélaと書く。Bartók が姓、Béla が名だ。ハンガリーは、ヨーロッパで公式に「姓―名」の順を使うただひとつの国とされる。代々受け継ぐ姓が広まった14〜15世紀ごろに、この並びが定着したという。
ハンガリー語はまわりの言語と系統が違うウラル語族の言語で、修飾する語を前に置く性質が強い。「バルトーク家のベーラ」と、くくりの大きいほうから小さいほうへ言う順になっている、と考えるとわかりやすい。住所を国・県・町の順に書く日本語の感覚にも近い。
そもそも姓がない、姓が毎世代かわる
並び順以前に、「姓」というものの形がそもそも違う言語もある。
| 言語 | 名前のしくみ | 例 |
|---|---|---|
| アイスランド語 | 姓のかわりに父(ときに母)の名から「〜の息子/娘」をつくる | Jón の子は Jónsson/Jónsdóttir |
| ビルマ語 | 姓という制度を持たない。親の名の一部を入れることはある | Aung San Suu Kyi |
| モンゴル語 | 父の名を先に、自分の名をあとに置く | 父の名+本人の名 |
| スペイン語 | 姓を2つ持つ。父方、母方の順 | 名+父の姓+母の姓 |
| ポルトガル語 | 姓を2つ以上。母方、父方の順が多い | 最後の姓で呼ぶことが多い |
アイスランド語では「ヨウンソン」は家の名ではなく「ヨウンの息子」という説明にすぎない。だから電話帳は姓ではなく名で並べる。1925年の法律で、新しく家の姓をつくることも禁じられた。ビルマ語のアウンサンスーチーという名前も、「アウンサン」は父の名、「スー」は祖母、「チー」は母に由来し、家の名ではない。
何で呼ぶか——名で呼ぶベトナム、姓で呼ぶ日本
姓が先だからといって、呼ぶのも姓とはかぎらない。ベトナム語の名前は「姓・間の名・名」の順に並ぶが、ふだんは最後の名で呼ぶ。Lê Minh Hưng さんなら「フンさん」だ。理由のひとつは、姓が偏っていることにある。グエン(Nguyễn)姓は2022年で人口の約31.5%を占め、姓で呼んでもだれのことかわからない。
韓国語も姓の偏りが大きく、2015年の調査では金(キム)が約21.5%、李(イ)が約14.7%、朴(パク)が約8.4%で、3つで約45%になる。国民の5人に1人が同じ姓という状態では、姓だけでは人を指しにくい。日本語のように「山田さん」と姓だけで呼んで用が足りるのは、姓の種類が多いことにも支えられている。
で、日本語はどうか
日本で平民がみな姓を名乗るようになったのは、意外に新しい。1870年に平民の苗字が許され、1875年に「平民苗字必称義務令」で名乗ることが義務になった。いまの「姓―名」の姿は、約150年前に全国にそろったものである。
一方、ローマ字では長く「名―姓」の順が多かった。2000年に国語審議会が「姓―名」が望ましいと答申したが広まらず、2019年10月25日に関係府省庁が申し合わせて、2020年から公用文で実施した。姓と名をはっきり分けたいときは、YAMADA Haruoのように姓を大文字にする。民間には強制ではなく、配慮を求める形にとどまっている。
名前の順は、文法の語順とも、家族の考え方とも結びついている。語順の記事とあわせて読むと、日本語が「大きいほうから言う」言語であることが見えてくる。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。