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ことばのはなし — 社会
手 · 顔 · 空間

手話は「言語」である

手話はジェスチャーではなく、独自の文法をもつ言語だ。世界に300以上あり、英語の国どうしでも通じない。そして文法の多くは、手ではなく顔が受けもっている。

2026-09-24 / 言語と物語の図鑑 編集部

手話は、世界共通ではない

手話はジェスチャーの延長で、どこの国でもだいたい通じる——そう思われがちだが、実際は逆だ。世界ろう連盟によると、世界のろう者は約7,000万人、使われている手話は300以上ある。言語の目録『エスノローグ』2021年版が数える手話は約150、手話の文法地図 SIGN-HUB は200以上を挙げる。言語の数と同じく、数え方で幅が出る。

しかも手話は、その国の音声言語の写しでもない。アメリカもイギリスも英語の国だが、アメリカ手話(ASL)とイギリス手話(BSL)はたがいに通じない。一方で ASL は、海を隔てたフランス手話と近い。1817年、トーマス・ギャローデットがハートフォードにアメリカろう学校を開いたとき、最初の教師としてパリから招かれたのが、ろう者のローラン・クレールだった。いまの ASL の語彙の約58%は、古いフランス手話と同じ根をもつという。手話の家系図は、音声言語の語族とは別の線で引かれている。

1960年、「手話には構造がある」と書いた人がいた

手話が言語学の対象になったのは、意外に最近だ。1960年、ワシントンのギャローデット大学で教えていたウィリアム・ストーキーが論文『手話の構造』を出した。「アメリカ手話」という呼び名が正式に使われたのも、これが最初とされる。

ストーキーは、手話の単語が3つの要素の組み合わせでできていることを示した。

要素ストーキーの用語音声言語でいえば
どこで表すか(位置)tab音の組み合わせの一部
どんな手の形か(手型)dez同上
どう動かすか(動き)sig同上

音声言語の単語が母音と子音の組み合わせでできているように、手話の単語も限られた部品の組み合わせでできている。手型だけを変えると別の単語になる——これは「カ」と「タ」の違いと同じ構造だ。のちに手のひらの向きと、顔や体の動きが加わり、いまは5つの要素で説明されることが多い。

顔が、文法を担う

その5つめ、非手指表現が手話の面白いところだ。単語は手で出すが、文法の多くは顔と上半身が受けもつ。日本手話では、ふつうの文は文末で小さくうなずき、「はい/いいえ」で答える疑問文では眉を上げ、目を見開き、あごを引く。手の動きがまったく同じでも、顔が違えば別の文になる。

だから手話の話し手は、相手の手ではなく顔を見ている。音声言語が声の高さや声調で意味を分けるのと同じ仕事を、手話は眉と目でやっているわけだ。

言語が生まれる瞬間が、記録された

1977年、ニカラグアの首都マナグアに、ろうの子ども約50人が通う特別教育センターができた。1983年には2校で約400人に増える。学校はスペイン語の読唇を教えようとしてうまくいかなかったが、子どもたちは校庭やバスの中で、自分たちの手話をつくりはじめていた。

1986年から調べに入った言語学者ジュディ・ケーグルらは、あとから入った年少の子どもほど、空間を使った動詞の一致などの文法をきちんと使っていることに気づいた。子どもが受けとりながら文法を複雑にしていく——クレオールの誕生とよく似た過程が、ひとつの世代の中で観察されたのである。

教室から追い出された約130年

手話にとって大きな逆風は、1880年にイタリアのミラノで開かれた国際ろう教育会議だった。「ろう教育では、手話より口話法を優先すべきだ」という決議が160対4で採択される。参加者約260人のうち、ろう者は数人しかいなかった。以後、欧米の多くの学校で手話は教室から締め出された。

この決議が公式に退けられたのは、2010年のバンクーバー会議である。そのあいだも手話は、教会やろう者の団体の中で受け継がれた。親から子へ渡らなくても、消えずに残った言語だ。2006年の国連障害者権利条約は手話を言語と明記し、2017年には国連が9月23日を「手話言語の国際デー」と定めた。

で、日本語はどうか

日本の手話の記録は、1878年に古河太四郎が開いた京都盲唖院にさかのぼる。日本手話は日本語とは別の文法をもつ言語で、日本語の語順どおりに口を動かしながら手話単語を並べる「日本語対応手話」とは区別される。韓国の手話や台湾の手話は日本手話と系統関係があり、「日本手話語族」にまとめられる。統治時代の学校教育が背景にあると考えられている。

法律が追いついたのは最近だ。2013年に鳥取県が全国で初めて手話言語条例をつくり、条例は約600の自治体に広がった。そして2025年6月、国の法律として初めての手話施策推進法が成立し、同月25日に施行された。

日本語の隣には、もうひとつ別の言語がずっと話されていた。それが、法律の言葉になるまでに約150年かかったということである。

手話は手だけで話すのではない。眉と目とあごも、文法の一部だ。日本手話の疑問文は、眉を上げてつくる