約4割の言語は、動詞で「過去」を言い分けない
英語では walk と walked のように、動詞の形を変えて過去を表す。これが「時制(テンス)」だ。ところが、どの言語にも時制があるわけではない。言語学者のエステン・ダールとヴィヴェカ・ヴェルピライは『世界言語構造地図(WALS)』で約222言語を調べ、そのうち約88言語、つまり約4割には過去と非過去を文法で区別するしくみがないと報告している。
WALSの地図を見ると、こうした言語は東南アジアと西アフリカにまとまっている。中国語やタイ語は、その代表としてよく名前が挙がる言語だ。では、これらの言語は「昨日のこと」をどう言っているのか。
中国語——時間のことばと「了」
中国語の動詞は形が変わらない。「食べる」は 吃(chī)で、昨日のことでも明日のことでも同じだ。時間は、昨天(昨日)や 明天(明日)のような時間のことばや、文脈で伝える。
よく「過去の印」と誤解されるのが 了(le)である。これは時制ではなく「相(アスペクト)」の印で、できごとをひとまとまりの、完結したものとして示す。だから未来の話にも使える。明天吃了饭再走(明日、ご飯を食べてから出かける)の 了 は、まだ起きていない食事が「済んだあと」を指している。ほかにも、経験を表す 过(guo)、状態の持続を表す 着(zhe)がある。中国語は「いつ」より「どんなふうに起きたか」を文法で言い分ける言語だと言える。
タイ語とベトナム語——言わなくてもよい印
タイ語の動詞も、人称・時制・数によって形を変えない。そのかわり、動詞の前後に小さな語を置く。
| 言語 | 語 | おもな働き |
|---|---|---|
| タイ語 | จะ(cha) | これから起きること(動詞の前) |
| กำลัง(kamlang) | 進行中(動詞の前) | |
| แล้ว(laeo) | 済んだこと(文の後ろ) | |
| ベトナム語 | đã | 過去・済んだこと |
| đang | 進行中 | |
| sẽ | これから起きること |
大事なのは、これらが義務ではない点だ。タイ語では日常会話で落とされることが多く、chan kin thi nan(わたし・食べる・そこで)という文は、文脈しだいで「そこで食べている」「よく食べる」「食べるつもりだ」「食べた」のどれにもなる。ベトナム語でも、文脈でわかるときは印を使わないのがふつうだ。インドネシア語も動詞が時制で変わらず、sudah(もう)や belum(まだ〜ない)のような語で時間の様子を添える。WALSは「水は冷たい/冷たかった」の両方に読めるインドネシア語の文を、時制の区別がない例として挙げている。
英語にも「未来形」はない、という見方
時制を持つ言語でも、全部の時を形で言い分けるとは限らない。同じWALSの調査では、約222言語のうち約112言語が未来を動詞の語形変化で示さない。英語もここに入る。未来は will や be going to という別の語を足して言うからだ。フィンランド語はさらに進んでいて、現在形のまま「今日」を「明日」に替えるだけで未来の話になる。
ちなみに、経済学者キース・チェンは2013年、未来を文法で区別しない言語の話者ほど貯蓄が多い、という研究を発表して話題になった。ただし、言語どうしの系統関係を考慮していないといった批判があり、のちの実験では言語が選択に影響するという結果は再現されていない。
で、日本語はどうか
日本語の動詞には「食べる」(ル形)と「食べた」(タ形)がある。この対立を過去と非過去の時制と見るのが一般的だ。ただ、「タ」はもともと完了を表す形から生まれたこともあり、「タ」は過去ではなく完了の印で、日本語に時制はないとする意見もある。
実際、日本語の「タ」は過去だけを表すわけではない。「あっ、ここにいたのか」は、いま目の前にいる相手に言う。「明日、駅に着いたら電話する」の「着いた」も、まだ起きていない。日本語の従属節は、話している「いま」ではなく主節の時点を基準にする(相対時制)。英語のような時制の一致が起きないのはそのためだ。
時制がある言語、ない言語というより、時間を動詞の形に組み込む度合いに幅がある、と考えるとわかりやすい。中国語・タイ語・日本語の動詞のふるまいは、索引から図鑑をたどってくらべてみてほしい。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。