文字に残っていない言語を、なぜ書けるのか
英語の water、ヒッタイト語の wadar、ギリシャ語の hýdōr。言語学の本を開くと、これらの祖先として *wódr̥ という形が載っている。だれもこの語を文字で書き残していない。語の頭についた星印「*」は、「実際の記録はないが、子孫の形から逆算した」という印である。
この逆算された言語が印欧祖語(インド・ヨーロッパ祖語)だ。英語やドイツ語からペルシア語、ヒンディー語まで、約446の現役の言語の共通の祖先で、いま母語として話す人は約34億人、世界人口の約42%にのぼる。話されていたのは、おおよそ紀元前4500年から前2500年ごろと推定されている(もっと遅く見る説もある)。
逆算の道具は、語族の記事で紹介した比較方法だ。子孫どうしの音のずれが規則的にそろっていれば、そのずれが起きる前の形を一つに絞り込める。
1879年、だれも聞いたことのない音を予言した
比較方法の威力をいちばんよく示すのが、この話である。1879年、21歳のフェルディナン・ド・ソシュールは、母音の交替のしかたを整理するうちに、子孫のどの言語にも直接は残っていない音が祖語にあったはずだと考えた。彼はそれを「ソナント係数」と呼んだ。手がかりは体系の歪みだけで、証拠となる音そのものはどこにもなかった。
ところが20世紀に入り、トルコの遺跡から出た粘土板の言語——ヒッタイト語——が読めるようになる。1915年、ベドジフ・フロズニーがこれを印欧語だと示した。そして1927年、イェジ・クリウォヴィチが、ヒッタイト語の ḫ という字が、ソシュールの予言した音の位置にちょうど現れていることを指摘した。
| 言語 | 「前」を表す語 |
|---|---|
| ラテン語 | ante |
| ギリシャ語 | antí |
| ヒッタイト語 | ḫant-(前・顔) |
| 復元形 | *h₂ent- |
約50年前に理屈だけで置いた音が、あとから見つかった言語に実際にあった。この音は喉音(ラリンガル)と呼ばれ、いまの復元形では h₁・h₂・h₃ の記号で書かれる。
復元した単語で、昔話を書いてみる
1868年、ドイツの言語学者アウグスト・シュライヒャーは、復元した印欧祖語で短い寓話を書いた。題は Avis akvāsas ka、「羊と馬」。毛を刈られた羊が、重い荷を引く馬を見て人間の仕打ちを嘆く、という数行の話である。
この寓話は、その後も研究者が書き直しつづけている。1939年のヘルマン・ヒルト版、1979年のレーマンとズグスタ版、1997年のダグラス・アダムズ版(喉音をすべて取り入れた最初の版)などだ。羊の語は、シュライヒャーの avis から、アダムズ版では h₂óu̯is に変わった。同じ話の書き直しの歴史が、そのまま復元研究の進み方の記録になっている。復元形は「正解」ではなく、その時点でいちばん筋の通る仮説なのだ。
「車輪」という語が、時代と場所を教える
復元した語彙は、話し手の暮らしも映す。印欧祖語には「車輪」を表す *kʷékʷlos が復元でき、ギリシャ語の kýklos(円)、サンスクリット語の cakrá、英語の wheel がその子孫だ。「車軸」や「轅(ながえ)」の語もそろっている。車輪つきの乗り物が現れたのは紀元前3500年ごろとされるので、祖語が分かれたのはそれより後だろう、という推論が成り立つ。
どこで話されていたかについては、ふたつの説が長く争ってきた。1956年にマリヤ・ギンブタスが唱えた、黒海北岸の草原(ステップ)から広がったとするクルガン仮説。1987年にコリン・レンフルーが唱えた、約9,000年前のアナトリアから農耕とともに広がったとするアナトリア仮説。2015年、古代人のゲノムを調べた研究が、約4,500年前の中央ヨーロッパの人々の祖先の約75%がステップのヤムナヤ文化の人々に由来すると報告し、いまはステップ説が有力になっている。レンフルー自身も、その後ステップからの移動を認めた。
で、日本語はどうか
同じ方法は日本語にも使われている。日本語と沖縄語・宮古語・八重山語などの琉球諸語を比べて、共通の祖先である日琉祖語を復元する試みだ。
手がかりのひとつが、日本語のハ行である。日本語の「ひと」は宮古語で pstu、「ひとつ」の語幹は宮古語・八重山語で pitiː-。与論の方言では「鼻」が pana だ。こうした対応から、ハ行の語頭は祖語では p に近い音で、日本語の側で h へ変わったと考えられている。琉球の言葉は、日本語が手放した古い音を手元に残しているわけだ。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。