「家の中で」「家から」「家へ」を、語尾だけで言い分ける
フィンランド語で「家」は talo という。「家の中で」は talossa、「家の中から」は talosta、「家の中へ」は taloon になる。前置詞も助詞も使わず、名詞の語尾を取り替えるだけで位置と方向を言い分けている。
このように、名詞の形を変えて「文の中でどんな役目をしているか」を示す仕組みを格(かく)という。主語であることを示す主格、目的語を示す対格、「〜の」を示す属格などが代表的だ。問題は、その数が言語によってまったく違うことである。
0の言語が、いちばん多い
『世界言語構造地図(WALS)』の第49章(Iggesen)は、約261の言語について名詞の格がいくつあるかを集計している。
| 格の数 | 言語数(約261言語中) | 例 |
|---|---|---|
| 格変化なし | 100 | ベトナム語・中国語・タイ語・インドネシア語・スワヒリ語 |
| 2 | 23 | 英語・ペルシャ語 |
| 3〜5 | 30 | ドイツ語(4)・アイスランド語(4) |
| 6〜7 | 37 | ロシア語・トルコ語・韓国語・ジョージア語 |
| 8〜9 | 23 | 日本語・グリーンランド語 |
| 10以上 | 24 | フィンランド語・ハンガリー語・バスク語 |
| 境界的なものだけ | 24 | — |
いちばん多いのは「格変化なし」で、約4割を占める。格のない言語は、語順や前置詞・後置詞で役目を示している。WALS によれば、こうした言語は東南アジア、太平洋、アフリカのサハラ以南の広い地域、中米に多い。反対に格の多い言語は、ユーラシアの北部と中部、オーストラリア、コーカサスに集まっている。
15を超える言語——フィンランド語とハンガリー語
フィンランド語の格は、ふつう約15と数えられる。主格・属格・対格・部分格の4つの文法的な格に、場所を表す6つの格が加わる。「中」の系列(中で・中から・中へ)と「表面・そば」の系列(上で・上から・上へ)が、きれいに3つずつ対になっているのが特徴だ。talolla は「家のところで」、talolle は「家のところへ」である。さらに「〜として」「〜になって」を表す格や、「〜なしで」を表す欠格(talotta=家なしで)まである。
同じウラル語族のハンガリー語は約18とされることが多く、数え方によっては約21になる。オーストラリアのカヤルディルド語は約20、コーカサスのラク語は約19とされる。ただ、どこまでを「格」と認めるかは研究者によって違い、ハンガリー語の数字が資料ごとにばらつくのもそのためだ。
格は減ることもある——ラテン語から英語まで
インド・ヨーロッパ祖語は約8つの格を持っていたと考えられている。ラテン語はそのうち6つ(主格・属格・与格・対格・奪格・呼格)を保ち、7つ目の地格は都市名などにだけ残った。ロシア語はいまも6つを使い、ドイツ語は4つに減らした。ドイツ語では格の区別を、名詞よりも der / den / dem / des のような冠詞が主に担っている。
英語はさらに先へ進んだ。古英語には格変化があったが、現代英語の名詞に残ったのは所有の 's くらいだ。代名詞の he / him / his、who / whom に昔の格の名残が見える。格が消えた分、英語は語順で主語と目的語を見分けるようになった。The dog bites the man の2つの名詞を入れ替えると、意味が逆になる。
で、日本語はどうか
日本語の名詞そのものは形を変えない。「本」は主語でも目的語でも「本」のままだ。その代わり、後ろに格助詞をつけて役目を示す。学校文法では「が・の・を・に・へ・と・から・より・で・や」の10個を格助詞としている。
WALS は、名詞の後ろにつくこうした要素も格として数え、日本語を「8〜9格」の言語に分類している。バスク語やフィンランド語の格語尾も、名詞のうしろに部品をつけるという点では日本語の助詞とよく似ている。違いは、それを「語尾」と見るか「別の語」と見るかにある。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。