古代の文章は、単語の切れ目すらなかった
いまの文章から「、」と「。」と空白をすべて抜くと、とたんに読みにくくなる。だが古代の地中海世界では、それがふつうだった。ギリシャ語やラテン語の写本の多くは、単語と単語のあいだを空けずに文字を続けて書くスクリプティオ・コンティヌア(連続書き)で書かれていた。
理由のひとつは、当時の文章が「声に出して読むもの」だったことにある。読み手は文字を目で追いながら声にし、意味の切れ目は音読しながら自分で見つけた。区切りは書き手がつけるものではなく、読み手の仕事だったのである。
点の高さで区切った——ビザンティウムのアリストファネス
句読点の祖先とされるのが、紀元前200年ごろのアレクサンドリアの学者、ビザンティウムのアリストファネスが考えた方式だ。点をひとつ打ち、その高さで区切りの大きさを示した。
| 点の位置 | 区切りの単位 | いまの記号の名前に残るもの |
|---|---|---|
| 下(行の底) | komma(短い句) | comma(コンマ) |
| 中ほど | kōlon(節) | colon(コロン) |
| 上 | periodos(文全体) | period(ピリオド) |
英語の comma・colon・period は、もともと記号ではなく「文の単位」の名前だった。単語のあいだを空ける習慣は、ラテン語ではおよそ600〜800年ごろに、アイルランドやイングランドの写字生のあいだで広まったとされる。空白もまた、あとから発明された句読点のひとつなのである。
同じ「?」でも、言語ごとに形も置き場所も違う
記号の形は、言語によってかなり違う。ギリシャ語の疑問符は、英語のセミコロンと同じ;の形をしている。アラビア語は右から左へ書くので、疑問符は左右が反転した؟、読点も逆向きの،になる。もっとも、アラビア語の句読点は近代に入ってから取り入れられたもので、古い文章には使われていなかった。
スペイン語は、文の頭に逆さまの記号を置く。¿Dónde estás?(どこにいるの?)のように、疑問文は¿で始まり?で終わる。スペイン王立アカデミーが正書法の1754年の第2版でこれを勧めたが、すぐには定着せず、19世紀の本にも逆さ記号のないものがある。
空白の使い方もそろっていない。タイ語は単語のあいだを空けずに書き、空白は息つぎにあたる大きな区切りに使う。韓国語は単語ごとに空ける分かち書きが欠かせないが、これが広まったのは1896年に創刊された『独立新聞』のころからで、比較的新しい。
中国語の「句読」と、1919年の新しい記号
「句読点」という言葉は、漢文の句読から来ている。句は文の切れ目、読(とう)は文中の息つぎを指す。ただ、漢文はもともと句読点なしで書かれ、読む人が自分で区切りを入れるものだった。宋の時代ごろには、読みやすくするために本に句読を加えることが広く行われるようになったという。
いまの中国語の句読点は、西洋の記号を取り入れて整えたものだ。1919年に胡適、周作人、銭玄同ら6人が「新式標点符号」の採用を教育部に提案し、翌1920年に正式に公布された。
で、日本語はどうか
日本語の文章も、長いあいだ句読点の打ち方に決まりがなかった。漢字とかなを交ぜて書くこと自体が、語の切れ目を目で見分ける手がかりになっていたからだ、という見方もある。公的な基準が初めて示されたのは1906年(明治39年)、文部省大臣官房図書課の「句読法案」である。
その後、1946年(昭和21年)3月に文部省の国語調査室が「くぎり符号の使ひ方」をまとめた。教科書の表記をそろえるためのものだが、いまも公用文や学校教育で参考にされている。かぎかっこの中でも文の終わりには句点を打つ、としているのは、この文書だ。
横書きの公用文では、1952年に内閣から通知された「公用文作成の要領」で「,」と「。」を使うとされ、長く「、」ではなくコンマが使われてきた。2022年の「公用文作成の考え方」で、原則は「、」と「。」に改められた。「、」か「,」かという小さな違いも、約70年の決まりのうえにある。
句読点は、声で読んでいた文章を、目で読む文章に変えていく過程で生まれた道具だといえる。書く向きの記事や文字の5つの型の記事とあわせて読むと、文字のまわりにある「書き方のルール」の多様さが見えてくる。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。