ことばKOTOBA
ことばのはなし — 消滅
しまくとぅば

琉球の言葉は、なぜ「危機言語」とされるのか

話者が何万人いても「危機」になる。ユネスコが見ているのは人数ではなく、子どもがそのことばを家で覚えているかどうかだ。琉球の6つの言語で、その物差しを確かめる。

2026-10-25 / 言語と物語の図鑑 編集部

「方言」なのに、なぜ「危機言語」なのか

沖縄や奄美のことばは、長く「沖縄方言」「奄美方言」と呼ばれてきた。日本語の地方版、というわけだ。ところが2009年、ユネスコは世界の消滅危機言語をまとめた地図帳(第3版)で、奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語・八重山語・与那国語の6つを、日本語とは別の言語として載せた。しかも全部に「危機」の印がついている。

方言か言語かの線引きは、もともと政治や慣習に左右されやすい。ただ、琉球のことばと本土の日本語は、知らずに聞いて互いに通じる関係にはない。共通の祖先から分かれた姉妹ではあるが、別々に長い時間を過ごしてきた。だからユネスコは、ひとつひとつを言語として数え、その行く末を心配しているのである。

ユネスコの物差し——子どもに渡っているか

ユネスコが言語の危機を測るとき、いちばん重く見るのは話者の人数ではない。親から子へ、ことばが渡っているかである。2003年にまとめられた指標では、世代間の継承、話者の数、使われる場面、教材、政策、話し手自身の態度など9つの観点を挙げているが、段階の名前はおもに継承の度合いで決まる。

段階おおよその状態
脆弱子どもは話すが、家の外では使わない
危険子どもが家庭で母語として覚えなくなった
重大な危機話すのは祖父母の世代。親の世代はわかっても子に話さない
極めて深刻いちばん若い話者が祖父母の世代で、しかも十分には話せない
消滅話者がいない

この物差しでいうと、話者が数万人いても、子どもが家で覚えていなければ「危険」になる。人数の多さは、危機でないことの証明にはならない。

6つの言語と、その段階

文化庁の整理では、ユネスコの分類は次のとおりだ。八重山語と与那国語が「重大な危機」、奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語が「危険」。同じ地図帳で、アイヌ語は「極めて深刻」、伊豆諸島の八丈語は「危険」とされている。

島ごとの違いも大きい。母音を3つしか使わない与那国のことばは与那国語の図鑑に、鹿児島県側の島々のことばは奄美語の図鑑に書いた。「琉球語」とひとくくりにすると、この差が見えなくなる。沖縄語、宮古語、八重山語も、それぞれ別の図鑑の項目である。

なぜ途切れたのか——方言札の時代

1879年、琉球王国は日本に組み込まれ、沖縄県になった。学校では標準語での教育が進められ、島のことばは「直すべきもの」として扱われるようになる。その象徴が方言札だ。学校で方言を話した生徒は木の札を首に掛けさせられ、外すには別の生徒が方言を話すのを見つけるしかなかった。1917年には、沖縄県立第一中学校の校長が「方言取締令」を出した記録も残る。

学校でも家の外でも標準語が求められるなかで、親が子に島のことばで話しかけることも減っていった。いま流暢に話せる人がおもに上の世代に限られるのは、この流れの結果である。ユネスコの物差しでいえば、まさに「子どもに渡らなくなった」状態だ。

数字で見るいま

沖縄県は2006年に条例で9月18日を「しまくとぅばの日」と定め、県民意識調査を続けている。2024年1〜2月に行われた令和5年度の調査(回答約1,028人)では、しまくとぅばを「主に使う」人は約3.8%、「共通語と同じくらい使う」が約11.6%、「挨拶程度使う」が約21.4%だった。挨拶程度以上をあわせて約36.8%になる。

同じ報告書に載る2013年度の初回調査では「主に使う」が約10%だったから、約10年で半分以下になった計算だ。年代別に見ると、70歳以上では挨拶程度以上が約55.2%なのに、30代では約27.2%にとどまる。一方で「よくわかる」「ある程度わかる」を合わせると全体の約3分の2になり、聞いてわかる人はまだ多い。わかるけれど話さない——ユネスコの表の「重大な危機」の行に近い姿が、数字にも出ている。

で、日本語はどうか

日本語そのものが消える心配はない。だが「日本の言語はひとつ」と思っていると、足元で起きていることが見えにくくなる。日本の国内には、ユネスコが危機にあるとした言語・方言がアイヌ語や八丈語を含めて8つある。

琉球のことばが「危機言語」とされるのは、話者が少ないからというより、親から子への橋が細くなったからである。逆にいえば、その橋をかけ直せば戻る余地がある。マオリ語やハワイ語の例は言葉の巣の記事に書いた。聞いてわかる人が多いいまは、その橋をかけ直すための時間がまだ残っている時期だといえる。