「はし」と「はし」は、どこが違うのか
東京で育った人なら、箸・橋・端の3語を聞き分けられる。音はどれも「はし」で、子音も母音も同じだ。違うのは「どの拍を高く言うか」だけである。箸は1拍目が高くてすぐ下がる。橋は2拍目が高く、「橋が」と助詞が続いたときに「が」で下がる。端は下がり目がなく、「端が」まで平らに続く。
こうした「単語の中のどこかを目立たせる仕組み」を、言語学ではアクセントと呼ぶ。日本語は高さで目立たせているが、世界にはもうひとつ大きな流派がある。「強さ」で目立たせる言語だ。英語がその代表である。
強さで目立たせる——英語・ロシア語・スペイン語
強さで目立たせるアクセントを強勢(ストレス)という。強勢のある音節は、まわりより大きく、長く、母音がはっきり発音される傾向がある。英語の insight(洞察)と incite(あおる)は、子音と母音の並びがほぼ同じで、前の音節を強く言うか後ろを強く言うかだけが違う。
ロシア語の за́мок(城)と замо́к(錠前)も、つづりは同じで強勢の位置だけが異なる。ロシア語の正書法はふだん強勢を書かないので、学習者は単語ごとに位置を覚えるしかない。
スペイン語は逆に、強勢の位置を書いて見せる言語だ。término(用語)・termino(私は終える)・terminó(彼は終えた)は、強い音節が前から3番目・2番目・最後と、きれいに1つずつずれている。アクセント記号は「規則から外れた位置の強勢」を示す印で、記号を見れば発音がわかる。
位置が決まっている言語は、半分より少し多い
『世界言語構造地図(WALS)』の第14章は、強勢を持つ約500の言語について「位置が決まっているか、どこか」を集計している。
| 強勢の位置 | 言語数(約502言語中) | 例 |
|---|---|---|
| 決まっていない(単語ごと) | 220 | 英語・ロシア語・スペイン語 |
| 最初の音節 | 92 | フィンランド語・ハンガリー語・チェコ語・アイスランド語 |
| 2番目の音節 | 16 | — |
| 後ろから2番目 | 110 | ポーランド語・ケチュア語・エスペラント |
| 後ろから3番目 | 12 | マケドニア語 |
| 最後の音節 | 51 | アルメニア語 |
位置が決まっている言語をすべて足すと約280で、全体の半分より少し多い。人気があるのは「最初」と「後ろから2番目」で、「後ろから3番目」や「2番目」はかなりの少数派だ。フランス語は最後の音節が強く聞こえるが、これは単語ではなく句の末尾が目立つ現象なので、研究者は単語の強勢とは区別して扱うことが多い。なお、この集計に声調言語など強勢を持たない言語は含まれていない。
高さで目立たせる——スウェーデン語と古代ギリシャ語
一方、日本語のように高さで目立たせる仕組みを高低アクセント(ピッチアクセント)と呼ぶ。ヨーロッパではスウェーデン語とノルウェー語がこの型で知られる。スウェーデン語の anden は、1つの山で言えば「そのカモ」、2つの山で言えば「その精霊」になる。もとは and(カモ)と ande(精霊)に定冠詞がついたもので、音節数の違いが高さの違いとして残ったと考えられている。ノルウェー語でも bønder(農民たち)と bønner(豆、または祈り)が同じ仕組みで区別され、こうした2音節の対は約150組を超えるという。
歴史をさかのぼると、古代ギリシャ語も高低アクセントの言語だった。いま古典のテキストに振られている3種類の記号(アキュート・グレイヴ・サーカムフレックス)は、もとは声の上げ下げを書き分けたものである。この高低は紀元後4世紀ごろまでに強さのアクセントへ置き換わり、現代ギリシャ語では同じ位置を強く読む。セルビア・クロアチア語やリトアニア語も高低アクセントの仲間に数えられる。
では声調と何が違うのか。中国語やベトナム語では、ほぼすべての音節が自分の高さを持っている。高低アクセントの言語では、単語の中に目立つ場所が1か所あるだけで、ほかの音節の高さはそこから自動的に決まる。もっとも、この境目は研究者の間でも議論があり、「高低アクセントは声調の一種にすぎない」とする立場もある。
で、日本語はどうか
日本語は高低アクセントの代表例だが、「日本語のアクセント」とひとくくりにはできない。東京式は「どこで下がるか」だけを区別するが、京都や大阪の京阪式は、下がり目の位置に加えて「語頭が高く始まるか、低く始まるか」も区別する。2拍の名詞なら、東京式は3通り、京阪式は4通りの型を持つ。
鹿児島をはじめ九州西南部には、型が2つしかない二型アクセントがある。後ろから2音節目が高いA型と、最後の音節が高いB型で、単語が長くなっても型は2つのままだ。さらに東北南部・関東北東部・八丈島・宮崎県などには、どこを高く言うかの決まりそのものがない無アクセントの地域が広がる。「箸」と「橋」を言い分けないのは、日本語の中でもめずらしいことではない。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。