世界でいちばんよく使われる音は「m」
世界の言語は、それぞれ違う音のセットを使っている。それでも、ほとんどの言語が持っている音と、ごく一部の言語しか使わない音がある。いちばんよく使われる子音は m だ。音素の目録を集めたデータベース PHOIBLE のデータを編集部で集計すると、約2,180言語のうち約97%が m を持っていた。
唇を閉じて鼻から声を出すだけの音で、赤ちゃんが早くから出せる音でもある。「ママ」「マンマ」のような言葉が多くの言語に見られるのも、この音の出しやすさと無関係ではないだろう。
上位はこの8つ
同じ集計で、多くの言語が持つ音を並べるとこうなる(1言語につき目録を1つ数えた割合)。
| 音 | どんな音か | 持つ言語の割合 |
|---|---|---|
| m | 「マ」の子音 | 約97% |
| i | 「イ」 | 約94% |
| k | 「カ」の子音 | 約91% |
| j | 「ヤ」の子音 | 約90% |
| u | 「ウ」(唇を丸める) | 約89% |
| a | 「ア」 | 約89% |
| p | 「パ」の子音 | 約85% |
| w | 「ワ」の子音 | 約85% |
t や n が入っていないのは意外に見えるが、これは数え方の都合が大きい。歯の裏につける t と、歯ぐきにつける t を別の音として記録する言語が多く、票が割れるのだ。母音では、口の前で狭い i、大きく開く a、奥で狭い u の3つがそろって上位に入る。母音の数の話で見た「3母音の言語は i・a・u」とぴったり重なる。
「よくある音」がない言語
ただ、上位の音でさえ全言語にあるわけではない。言語学者イアン・マディソンは『世界言語構造地図(WALS)』で、約567言語のうち約5言語に唇を使う子音(m・p・b など)がないと報告している。どれも北アメリカの言語で、たとえばアラスカなどのトリンギット語には、英語からの借用語を除いて唇の子音がほとんどない。
鼻音(m・n など)を使わない言語も約13ある。パプアニューギニアのブーゲンビル島で話されるロトカス語(中部方言)は子音が6つしかなく、鼻音を持たない。摩擦音(s・f など)のない言語は約49で、WALSはハワイ語もここに数えている。マディソンによれば、こうした「欠け」はユーラシア大陸の言語には1つも見つからず、アメリカ大陸、オーストラリア、太平洋地域に集中している。
めったに使われない音
反対側の、珍しい音も見ておこう。WALSは4種類の音を「珍しい子音」として調べた。
| 音 | 例 | 約566言語中 |
|---|---|---|
| 舌打ち音(吸着音) | ズールー語、南部アフリカのコイサン諸語 | 約10(約1.8%) |
| 咽頭音(のどの奥を狭める音) | アラビア語の ع・ح | 約23(約4.1%) |
| th の音 | 英語の think・this | 約43(約7.6%) |
| 唇と軟口蓋を同時に閉じる音 | ヨルバ語の p・gb | 約45(約8.0%) |
ヨルバ語では、つづりの p が実は k と p を同時に出す音で、ふつうの p は擬音語や新しい借用語にしか出てこない。英語の th も、PHOIBLEの集計では θ(think)を持つ言語が約4%にとどまる。英語を学ぶ人の多くがこの音に苦労するのは、世界的に見て珍しい音だからでもある。フランス語の tu やドイツ語の ü のような、唇を丸めた「イ」(y)も約5%と少数派だ。もっと珍しい音は舌打ちと声門閉鎖の話にまとめてある。
で、日本語はどうか
日本語は、上の表の8つの音をすべて持っている。マ・イ・カ・ヤ・ウ・ア・パ・ワ。日本語の音は、世界でいちばん「よくある」音で組み立てられていると言ってよい。
一方で、約70%の言語が持つ l を、日本語は「ラ行」の弾く音ひとつで済ませている(RとLの話)。よくある音をほぼそろえつつ、ところどころに抜けがある。ほかの言語がどんな音を使っているかは、索引からたどってみてほしい。
言語や文字の分類は研究者によって幅があります。本文は代表的な整理にもとづく概説です。